実は反町、もともと漫画をほとんど読まない人間だったという。『GTO』も最初は知らなかった。
「試しに読んでみてっていうところから始まって、読んだら『あれ、これ面白いな』って。で、一つ一つのエピソードを見ながら、どうやったらドラマとしてもっと面白くなるかを想像していったんです」
その時代の状況も、反町の闘志に火をつけた。
「当時、漫画原作のドラマってまだそんなになかったんです。『GTO』や『ごくせん』あたりから一気に増えたんですよ。それまでは『実写は漫画を超えられない』という感じがドラマ界にはちょっとあって。だからどうするかというのを、その時考えましたよね」
その答えとして反町が出したのが「リアリティ」だった。「セリフの説得力、中身の説得力を出すために必要なのは、やっぱり演じる側や作り手側のリアリティ。それが人の心を動かすところ。おそらく監督も遊川さんも同じことを思ってたんじゃないかな」
リサーチを重ね、素材を集め、そこから削ぎ落としていく。「そこからは引き算ですよね。バランスよく、この回のどこが一番の山で、どういうふうに持っていきたいのかっていうところから入る」。積み上げた上で手放す、その作業の中から鬼塚の「リアル」が生まれてくるのだという。
生徒役たちに「僕らと同じ気持ちを味わわせたい」
「GTOを見て教師になったんです」という言葉を、この20数年で何人から言われたか――そう語る反町の声には、静かな重みがある。
「鬼塚みたいな先生を目指してなった人でも、いざ現場に入ると社会にのまれてしまって、なんとなく違う方向に行っちゃったっていう人も実際には多いわけで。世の中ってそんなもんじゃないですか」
だからこそ、スペシャルドラマで当時の生徒役キャストたちと再集結したあの瞬間は特別だった。「誰も口にはしなかったけど、誰もが心の中で思ってることなんですよ。俺、20年頑張ってきたからこそ、いまこうやってこの場に立ってられるんだなと。ドラマを観ている視聴者の方たちにも、できることなら、僕らと同じ気持ちを味わわせたい」
今の若い世代、たとえば生徒役のキャストたちとの距離感については、「最初はぎこちない感じで、なんとなく距離を置きながら、徐々に距離感を詰めていければいい」と語りつつ、「窪塚(洋介)や小栗(旬)が、いまだに俺のことを『先生』と呼んでくれるように、今回の生徒たちからも誰かスターが生まれてくれたら、僕にとってこれ以上の幸せはない」と目を細めた。
反町隆史にとって鬼塚英吉とは?
「『GTO』は、自分の中ではもちろんすごい代表作です」と反町は言う。アジア各地でも「GTO」「ONIZUKA」と声をかけられることが圧倒的に多い。
「この時代に大切なこと、人の気持ちというのはアジア各国でも共通していて、この鬼塚英吉という男には魅力があるんだなと感じます。こんなキャラクターを藤沢とおるさんがあの時に描いたというのが、またそれはすごいことだな、と」
原作者の藤沢とおる氏は「50代の鬼塚英吉は想像できない」と語ったという。このことについては、「50になった今だからこそ必要なものがある。結論を言うと何も変わらないんですけどね。でも何も変わらないだけじゃドラマにならないので」と笑った。
では、反町隆史にとって鬼塚英吉とは何か。
「共に生きていく存在ですね」
その言葉に、28年間の重みと、これからへの確かな熱が宿っていた。

