• 集合したママたち (C)フジテレビ

    集合したママたち (C)フジテレビ

前・後編の2週にわたる放送だが、ママや客たちから様々なエピソードを聞いた、泣く泣く放送から落とした話も多い。

「京子」ママが美空ひばりを歌うたびに涙する80代の女性がいた。なぜ毎回泣くのかを追っていくと、家族との関係に苦しみ、同居している家の中でも自室から自由に出られず、キッチンも使えないため、コンビニ飯やスーパーの惣菜で過ごしていることが分かったという。いわゆる高齢者虐待だ。

彼女にとって、塙山キャバレーは唯一の憩いの場。日々の悲しみを「京子」ママに訴え、ママが歌うことで癒やされていた。ここには、画面に収まり切らないほどの人生があるのだ。

きっかけはのぼるちゃん…書きつづったメモを書籍化へ

そして現在、山本氏は、これまで7年取材して来た「塙山キャバレー」を書籍にまとめようとしている。

「いつも取材を終えた後にカウンターで焼酎を飲みながら、ママたちの人生の細部をポツリポツリ聞いていたのですが、それがあまりにも面白くて、メモをちょこちょこ取っていたんです。例えば、『めぐみ』のママが17歳で温泉芸者として売られてから子連れで塙山キャバレーに現れるまでの10年とか、『ふじ』のママが元夫に取られた2歳の息子を執念で取り返すまでの15年とか、太平洋戦争中、日立製作所を狙った爆弾の雨をかいくぐって生き抜いた『京子』のママですが、そのお父さんが実は大相撲の力士だったとか、どれも本当に奇想天外で切なくて悲しくて、でもほっこりもしたりして…」

そして書籍を出すきっかけになったのは、2022年に亡くなった常連客・のぼるちゃんだった。彼はかつて塙山キャバレーでラーメン店を営んでいたが、火事を起こして隣4軒が延焼。その後は脳梗塞の後遺症もあって生活保護を受け、自宅アパート周辺の草むしりと、店で1杯のビールを楽しむ日々を送っていた、『ザ・ノンフィクション』の本シリーズの中でも印象深い登場人物の一人だ。

「のぼるちゃんが亡くなる前、虫の知らせなのか、僕はなぜか、この人の人生をもっと知らなければならない、と思って、ビールを抱えて何度もアパートを訪ね、彼の奇妙な生い立ちや20以上の職歴、結婚まで考えた大恋愛話などを聞き続けたんです。聞けば聞くほど、のぼるちゃんは世の中では“不幸”とされるあらゆる出来事を経験していたのですが、それでもにこやかにユーモアを持って話してくれることが不思議で、のめり込みました」

のぼるちゃんに「なんでそったらことまで知りてえんだ?」と聞かれ、「いつか書き残したい」と告げると、「お前さんも変わった男だなあ」と、笑いながら話を継いでくれたという。それらを書きつづったメモ帳が10冊ほどまで溜まり、何か形にしたいと思っていたところに、出版社から声がかかった。

塙山キャバレーの取材は今後も続けていく中で、「まずは書籍という形で、今年度中に世に出す予定です」とのことだ。

  • 山本草介ディレクター

    山本草介ディレクター

●山本草介
1976年生まれ、東京都出身。早稲田大学卒業。映像作家。最新作はドキュメンタリー映画『医の倫理と戦争』。TV番組としては『ザ・ノンフィクション』のほか、『プロフェッショナル 仕事の流儀』(NHK)、『情熱大陸』(MBS)といった番組を演出。21年、初の著書『一八〇秒の熱量』(双葉社)が、第52回大宅壮一ノンフィクション賞・第20回新潮ドキュメント賞の候補作に選ばれた。