吉右衛門主演シリーズでの長い経験は、今回の現場でも息づいていた。
「着物の着方から歩き方まで、吉右衛門さんは小道具を使うのがとてもうまくて、いろいろなことを知っていらっしゃったんです。具体的には、手ぬぐいの持ち方を教えていただきました。腰に下げるか、懐に入れるかで、職業が出せると。あとは“刀は重たいものだ”など、演技に説得力を出すための様々なことを教わって、時代劇を演じる際に生かされています」
また、母親が江戸っ子だったことも、彦十の江戸弁への取り組みを後押しした。「うちの母親が“猫八師匠はちゃんとした江戸弁だ”と言っていまして。猫八師匠と現場で長く一緒にいたことで、自然と身についていったものもあると思います。去年の大河ドラマ『べらぼう』でも江戸弁を使った経験があって、それが今回も役に立ちました」
年老いた彦十役を演じるにあたって、尾美は形から丁寧に役を作っていった。
「京都の現場では自分でメイクをすることもあるんですよ。かつらと色を合わせるように白髪をちょっと塗ったり、眉毛に白を足したり。あとは膝を折る、ですかね。歩いたり立ったりする時に、じじいっぽくなるかなと。まぁ、それなりの年齢なんですけどね(笑)」
若い頃から、年齢を重ねた役を演じる時に使える“スパイス”を温めてきたという。
「昔から、お年寄りが新聞をめくる時や、お札を数える時に指を舐めたりする仕草など、そういうのをやってみたいとずっと思っていたんです。紙を渡された時にあえて離してみることで“この人、老眼なんだな”と思っていただける、そうした細かい調味料は振っていきたいと思っています」
「『密告』の中で若い時の彦十も演じているんですが、昔、草野球をやっていたので、石を投げるシーンで見事にいいところに当てられて…あれはうれしかったですね。草野球はもう引退したつもりなんですけど、まだいけるかなと一瞬思いました(笑)」
ちなみに、時代劇の撮影では下着にもこだわりがある。「ふんどしを履いてるのですが、いいですよ、すごく」と言い切る尾美。今回も現場ではふんどし持参だったというが、彦十は着流しの役柄のため、忠吾のようにめくれて見えるシーンがない。
「だから今回は、縫い目のないシームレスのパンツも試してみようかなと思って。黒いインナーの襟を切って、影で見えないように着るのは衣装さんに前から教わってたんですが、さらにアジャストしていこうと。ふんどしは一応持っていきますが、何かの時のために(笑)」と、次の撮影に向けて抜かりなく準備を進めているようだ。なお、自宅では妻から「物干しに干すのがちょっと恥ずかしい」と言われているとのこと。
幸四郎に感じる「ゾクッとする瞬間」
中村吉右衛門さんと松本幸四郎という、二代の『鬼平犯科帳』を近くで見てきた尾美。その違いと共通点をこう語る。
「発声の仕方や間の取り方など、やはり“あれ?”っていう感覚のような、ゾクッとする瞬間があります。幸四郎さんと(市川)染五郎さんにも、同じようなものを感じました。歌舞伎俳優の方ならではの、細かいところでの間の取り方とか、声の落とし方とか、染五郎さんは本当にしっかりされていると思いましたね」
「関わりたくないなと思いながらも、ちょっと関わりたい…その葛藤です。面白いんですよ、この作品は。面白い作品はやはりやりたい。でも現場に行くと緊張させられちゃう(笑)」
さらに、『鬼平犯科帳』が長く愛される理由について、「ちゃんと人を描いてることではないでしょうか。事象にスポットライトを当てるドラマもありますが、『鬼平犯科帳』はすごく人を掘り下げる。そういうところが皆さんに刺さるのではないかと思います」と分析する。
そして最後に、自分について笑いながらこう語った。
「気持ちはまだ彦十よりも、うさ忠(木村忠吾)寄りですね。全然成長してないですよ(笑)。知識はつきましたけど、性格ですね、これは」

