マイケル・ジャクソンが描いたボーイズグループの設計図──ジャクソン5からBTSへの半世紀

いよいよ日本公開がスタートしたマイケル・ジャクソンの伝記映画『Michael/マイケル』。ジャクソン5としてキャリアを出発させた彼がボーイズグループという文化に与えた絶大な影響を、音楽ジャーナリスト/ラジオパーソナリティー/選曲家の高橋芳朗が解説する。

「集団」と「個」──ボーイズグループの文法

ステージの上で、いくつもの身体が一斉に同じ角度へ首を振る。その寸分の狂いもない隊列の中から、しかし顔も物語も違うスターが何人も立ち上がってくる。歌があり、踊りがあり、映像とコンセプトがそれを束ね、画面の外ではファンが勝手に熱を増やしていく。ソウルでもロンドンでもロサンゼルスでも、ボーイズグループはほとんど同じ作法でこれをやってのける。国も言語も越えて通じる、一種の「文法」と呼ぶしかないものが、確かにある。

その文法を、最初に書いたのは誰なのか。系譜を遡ると、幾多の流れがやがて一人の人間に行き着く。マイケル・ジャクソンだ。

この形式には、いつも二つの力がせめぎ合っている。全員を一糸乱れぬ群舞へ溶かし込もうとする集団の引力と、その隊列から抜きん出た一人を押し上げようとする個の引力。たいていは反発し合うこの二つが、まだ分かれもせず一人の人間の中に同居していた。それが、マイケル・ジャクソンという例外だった。グループの末弟として世界に現れ、やがて唯一無二のソロスターへ上りつめる。集団の一員という出発点と、個の極北というゴール。その両方を彼は一身に、しかも一続きの人生として生ききった。

だからこそマイケルは、あとに続くすべての雛型になりえた。彼以降のボーイズグループ史は、一つの長い運動として読める。一人の中で一度だけ溶け合っていた集団と個が、いったん二つのモデルへ切り分けられ、半世紀かけてふたたびひとつに縫い合わされていく。

1969年、ジャクソン5がモータウンからデビューする。だが、ただの兄弟ボーカルグループではなかった。そしてこの原型を鍛えたのは、モータウンではない。インディアナ州ゲイリーで製鉄所のクレーンを操っていた父ジョセフである。元ミュージシャンの彼は、幼い息子たちを文字どおり叩き上げ、地元のタレントショウからチトリンサーキットの巡業へと駆り出し、モータウン入り以前にスティールタウン・レコードからシングルまで出していた。徹底した訓練で少年たちを作り込む、後続のボーイズグループがこぞって踏襲するこの発想は、商業装置になる前にまず一つの家庭で発明されていた。

ジョセフが仕込んだ原石を世界的スターへ磨き上げたのが、モータウンだ。ベリー・ゴーディが創業したモータウンは、楽曲も振付も衣装も話し方もメディア露出の作法まで、アーティストの一切を一貫して設計し、管理した史上初の本格的なポップ製造ラインである。当時ゴーディのクリエイティブアシスタントを務めていたスザンヌ・ド・パッシーらの周到な養成のもと、ジャクソン5は「I Want You Back」「ABC」「The Love You Save」「I'll Be There」とデビューから立て続けに全米1位をさらっていく。あの転がるようなベースラインの上で、11歳のマイケルがませた色気で歌う。緻密に同期したステップ、子どもとは思えないステージングの完成度。彼らはグループパフォーマンスを、一個の精密な芸術にまで引き上げた。

だが、その精度こそが矛盾を孕んでいた。全員をぴたりと揃えようとする集団の規律と、どうしても溢れ出してしまう、マイケル一人分のカリスマ。以後のボーイズグループが等しく背負い込む宿命は、ジャクソン5の時点ですでに完璧な形で立ち上がっていた。器としてのグループと、そこからはみ出す個。マイケルはデビューの瞬間から、両方をその身に体現していた。

やがて彼は、クインシー・ジョーンズと組んで「個」の側を極限まで押し進める。『Off the Wall』、人類史上最も売れたアルバムとなった『Thriller』、そして『Bad』。この三作で、マイケルは「総合的パフォーマー」という概念そのものを発明した。歌い、踊り、ステージを演出し、ミュージックビデオを単なる宣伝素材から自立した表現「ショートフィルム」へと一変させ、何より人種と地理の境界を軽々とまたいでみせた。MTVが黒人アーティストをほとんど流さなかった時代に、その壁を破ったのが「Billie Jean」だった。そうした映像のなかで、彼はステージ上の身体そのものを音楽の中心に据えた。歌だけでも、ダンスだけでもない、その全部を一人で完結させる「キング」。ここで世界に、二つの「マイケル・モデル」が並び立った。

同期する集団としてのジャクソン5(ジャクソンズ)モデルと、超越的なソロスターとしてのマイケル・モデル。以後のボーイズグループ史は、この二つのどちらかを選び、反復し、やがて両者を融合させようとする試行の連続になる。

継承される様式──オズモンズからバックストリート・ボーイズまで

1980年代、ジャクソン5モデルはまず正統な後継者を得る。ボストンのニュー・エディションだ。プロデューサーのモーリス・スターは、彼らをはっきり「80年代のジャクソン5」として構想した。その意図は名前にも透けて見える。「ニュー・エディション」は、ジャクソン5の「新版」という含みで見なされてきた。「Candy Girl」のあどけないコーラスは、十数年前の幼いマイケルの残響そのものだ。少年たちの集団が、息の合ったダンスとキャッチーなフックで世界を魅了する。その図式は、形を変えながら確実に受け継がれていった。受け継がれたのは、様式だけではない。ニュー・エディションには、規律ある隊列にどうしても収まりきらない一人がいた。ボビー・ブラウンだ。80年代半ばにグループを離れた彼は、ニュー・ジャック・スウィングをまとった『Don't Be Cruel』と、自己主張の塊のような「My Prerogative」を全米1位に送り込み、古巣を凌ぐスターへと駆け上がる。集団から個が突き抜けるあのマイケルの力学を、ニュー・エディションもまた反復していた。

だが、ここでポップ産業の地金が出る。モーリス・スターは同じ設計図をもう一度引き直し、今度は白人の少年たちでニュー・キッズ・オン・ザ・ブロックを組み上げた。MTV時代のメインストリームに最適化されたこのグループは、ニュー・エディションを桁違いに上回る成功を収める。黒人アーティストが磨いた様式は、人種で分断された市場のより大きな側へ渡るとき、しばしば白人の演者の手で再パッケージされる。

しかもこれは、80年代に始まった話ではない。再パッケージの最初の波はジャクソン5が世に出た直後、70年代の初めにもう打ち寄せていた。ユタ州のモルモン教徒の兄弟グループ、オズモンズだ。本家のブレイクを見るや、最年少のドニーを白人版のマイケルに仕立て、ジャクソン5型のポップへ舵を切る。彼らの最初の全米1位「One Bad Apple」はもともとジャクソン5のために書かれ、モータウンが蹴った曲だった。黒人の少年たちが断った曲で白人の少年たちが頂点に立ち、おまけに本家の新曲「Mama's Pearl」を2位に抑え込む。デビューから四曲続けて1位を独走してきたジャクソン5にとって初めて首位を逃した一曲、それを阻んだのが自分たちのおさがりだった。

これは善悪の話ではない。まずは構造の話だ。ボーイズグループの歴史は、誰が何を生んだかという系譜であると同時に、その創造が誰の手で、誰に向けて、どう流通したかという、いわば力の偏りの歴史でもある。マイケルが生涯をかけて闘ったのも、この偏りそのものだった。

一方、ニュー・エディションが伸ばしたもう一本の枝は、ダンスより「声」に賭けられていた。ボーイズIIメンだ。フィラデルフィアの芸術高校で組まれた彼らは、グループ名さえニュー・エディションの曲名から採るほど、その背中を追っていた。1989年、ライブの楽屋に自ら押しかけてニュー・エディションのマイケル・ビヴィンスの前で歌って聴かせる。心を動かされたビヴィンスのマネージメントで、ボーイズIIメンはジャクソン5を送り出したあのモータウンからデビューする。勝負したのは振付の精度ではない。四声のハーモニーの厚みだ。「End of the Road」「I'll Make Love to You」、マライア・キャリーと組んだ「One Sweet Day」。その濃密なコーラスワークはジャクソン5が抱えていた別の遺産、ゴスペルとソウルに根ざした集団的発声の伝統を受け継いでいた。

流れはやがて大西洋を越える。1990年、イギリスではマネージャーのナイジェル・マーティン・スミスがニュー・キッズ・オン・ザ・ブロックを手本にした「英国版」としてテイク・ザットを立ち上げる。だが彼らを単なる模倣で終わらせなかったのは、要に据えられた一人だった。稀代のソングライター、ゲイリー・バーロウ。クラブ仕込みの群舞というアメリカ流を踏まえつつ、「Back for Good」のような本格的な作曲とバラードの叙情を持ち込んだことで、テイク・ザットはイギリスを中心に熱狂を巻き起こす。製造ラインに、自前の書き手という核が組み込まれた。そしてこのグループからは、のちに英国史上屈指のスターとなる男が飛び出す。ロビー・ウィリアムスだ。

その流れがふたたび大西洋を渡って戻る先が、本国アメリカだった。90年代後半、ニュー・キッズ・オン・ザ・ブロックの成功に目をつけた興行師ルー・パールマンがフロリダ州オーランドで半ば工業的に量産した、バックストリート・ボーイズとイン・シンクである。バックストリート・ボーイズが当たると、パールマンは「コカ・コーラがあればペプシもいる」とばかりに自らの手で対抗馬のイン・シンクをこしらえた。同じ街、同じ仕掛け人から、同一の製品ラインのように二つの世界的グループが出荷される。ジャクソン5の時代にモータウンが芽吹かせた「製造ラインとしてのポップ」が、ここで極限まで効率化されたわけだ。完璧なハーモニー、磨き抜かれた振付、計算され尽くしたルックス。テンプレートは、産業として完成した。そしてバックストリート・ボーイズは、突出した個を一人も生まないまま、史上最も売れたボーイズグループになった。

だが、集団の引力が頂点に達したまさにそのとき、また個の引力が頭をもたげる。グループから一人が抜け出してソロで大成すること自体は、ロビー・ウィリアムスがすでに鮮やかに示していた。ただし、抜け出し方には種類がある。ロビーが英国的なエンターテイナー=ショウマンの道を行ったとすれば、イン・シンクを離れたジャスティン・ティンバーレイクが選んだのは、まっすぐマイケルへ向かう道だった。グループの中ですでに頭ひとつ抜けていた彼はファレル・ウィリアムスやティンバランドと組み、ファルセット、キレのあるダンス、ファンクとR&Bへの接続ではっきりとその足どりをなぞり直す。集団の中の一人が、やがてソロの「キング」を目指す。それはジャクソン5の末弟からソロスターへ飛躍したマイケル自身の軌跡の、ほとんど忠実な再演だった。事実、ジャスティンはマイケルの死後に「Love Never Felt So Good」で彼と疑似的に声を重ねている。ここで、二つのマイケル・モデルは一人のアーティストの人生の内側でつながった。

1D、BTS──マイケルの夢を受け継ぐ担い手たち

2010年代、ワン・ダイレクションが新しい断層を刻む。出発点はオーディション番組『Xファクター』。ソロ志望として落とされた五人を、番組の生みの親サイモン・コーウェルが一組のグループへ束ね直した。そしてグループとしての歩みを終えると、彼らはまた個へ──とりわけハリー・スタイルズは世界的なソロアーティストへ──散っていく。個を束ねて集団にし、その集団がほどけてまた個に還る。先行するグループの「集団から個が抜け出す」片道の動きに対し、ワン・ダイレクションは集団と個の振り子運動を一グループの歴史にまるごと畳み込んだ。

音楽的には緻密な同期ダンスを看板にする従来型とは違い、彼らは踊るよりギターポップを背にした等身大の若者としてふるまった。マイケル的な「総合的パフォーマー」の系譜からは、むしろ外れて見える。だが、彼らがもたらした本当に革命的な変化は音楽の様式ではなく、ファンダムの動き方そのものにあった。テレビという一方通行の装置から出てきた人気を実際に押し上げたのは、TwitterやTumblrという双方向の回路だ。ファンが自分で熱を編み、拡散し、増殖させていく。その新しい仕組みを、彼らは世界規模で実証した。そして、この「プラットフォーム上のファンダム」こそが次の主役へ手渡される最大の遺産になる。

そして現在、最前線に立つのはK-POPのボーイズグループだ。彼らをめぐる話は、しばしば苛烈なトレーニングや事務所主導の産業構造へ向かう。だが、その正体はもっと単純だ。長い歳月をかけて枝分かれしてきたすべての流れを、初めてひとつに統合した──それがK-POPだった。

K-POPは、ジャクソン5モデルとマイケル・モデルを、ついに完全に融合させた。一分の隙もない群舞の規律──ジャクソン5以来の集団性の極み──を保ちながら、隊列の一人ひとりには独立したスターとしてのブランドと物語が与えられる。マイケルがたった一人で背負った「個のカリスマ」を、グループ全体へ分け持たせたのだ。そのうえで彼らは、歌い、踊り、映像を演出し、アルバム一枚で壮大なコンセプトを語りきる。マイケルが発明したあの総合芸術を、ワン・ダイレクションが拓いたデジタルファンダムの回路に乗せ、地球規模で回していく。集団と個、ダンスと声、ローカルとグローバル。マイケルから分かれて流れ出したいくつもの川が、一つの大河に合流する。

BTSの「Dynamite」を一度聴けばいい。きらめくディスコギターのカッティング、四つ打ちのビート、はじけるハンドクラップ、そしてサビでふっと裏返るファルセット。70年代後半のマイケルが、そのまま2020年に着地したような音だ。ミュージックビデオでメンバーがムーンウォークを踏む瞬間に至っては、もはやオマージュというより召喚に近い。ソロのマイケルが、ここにはまるごと宿っている。さらに、この曲の弾むコール&レスポンスにジャクソン5の「I Want You Back」を聴き取ったファンも少なくなかった。集団のマイケルと、個のマイケル。その両方が、一曲のなかで同時に鳴っていたことになる。そして、この符合に気づいたのは聴き手だけではない。ジャクソン家自身がそれを認めている。マイケルの長男プリンス・ジャクソンは、父のまいた種を現代に受け継ぎ、自分たちの流儀で更新していると、彼らを名指しで称えた。『Thriller』40周年のドキュメンタリーも、マイケルの振付とBTSのそれを並べてみせた。マイケルに憧れてこの道を選んだ、と語るアイドルなら無数にいる。だが、彼の遺した設計図を世界で最も忠実に、そして最も貪欲に書き換え続けているのは、K-POPの担い手たちだ。

ここで、一つの円環が閉じる。マイケルが生涯をかけて夢見たのは、肌の色にも国境にも縛られず、ポップが本当に万人のものになる世界だった。かつてアフリカ系アメリカ人が築いた様式は、人種の境界を越えて白人の演者へと移ってきた。そしていま、その同じ設計図は大陸の境界を越え、アジアのアーティストたちへ受け継がれている。彼らはそれを自分たちの言語と身体で作り変え、ふたたび世界へ送り返す。育ちの違う手から手へ、レガシーは旅を続ける。最初に線を引いた者と、それを継ぐ者のあいだに、もう出自は問われない。マイケルが希求した普遍は、こうして静かに現実になりつつある。

集団の引力と、個の引力。マイケルの中で一度は渾然一体だったこの二つの力は、半世紀かけて切り分けられ、いままたひとつに重なり合おうとしている。世界中のステージで、寸分たがわぬ群舞と、その真ん中で輝く一人ひとりの王冠が、ついに同じひとつのものになった。私たちがいま目にしているのは、彼がこの世界に書き残した壮大な設計図の、いちばん新しい──そしておそらく、もっとも完成に近い──ページなのだ。

【関連記事】

マイケル・ジャクソンはなぜ、音楽で世界を変えることが出来たのか?

【マイケルの代表曲/ヒット曲を今すぐ再生】

https://smji.lnk.to/MichaelsSignatureHitsAW

『Michael/マイケル』

大ヒット上映中

監督:アントワーン・フークア(『イコライザー』 シリーズ、『トレーニングデイ』)

脚本:ジョン・ローガン(『アビエイター』 『グラディエーター』)

製作:グレアム・キング(『ボヘミアン・ラプソディ』)、ジョン・ブランカ、ジョン・マクレイン

出演:ジャファー・ジャクソン、ジュリアーノ・ヴァルディ、コールマン・ドミンゴ、ニア・ロング、ケンドリック・サンプソン、マイルズ・テラー、ローラ・ハリアー、ケイリン・ダレル・ジョーンズ他

■配給:キノフィルムズ

■コピーライト:®,TM & © 2026 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved.

https://www.michael-movie.jp/

『Michael/マイケル』 オリジナル・サウンドトラック(国内盤CD)

発売中

〈日本盤のみの追加仕様〉

■7インチ紙ジャケット仕様

■高品質Blu-Spec CD2仕様

■歌詞・対訳付/解説:高橋芳朗

SICP31851 定価\3,520 (税抜¥3,200)

再生/購入:https://sonymusicjapan.lnk.to/MichaelOSTAWRS