「40歳にもなると固まっていたものがあったんですけど…」元サッカー日本代表の中澤佑二氏が4日、都内で行われた「『#トミと新たな景色を』応援キャンペーン 始動発表会」に、ペナルティ・ワッキーとともに登壇。新たな一歩を踏み出した出来事について語った。
「2018年に監督が変わって…」中澤佑二氏の転機
「#トミと新たな景色を」応援キャンペーンは、アシックスジャパンによる、ケガから復帰して世界の舞台へ挑むサッカー日本代表の冨安健洋選手を応援する取り組み。アシックス公式Xのアカウントをフォローし、ハッシュタグ「#トミと新たな景色を」をつけて投稿して参加する形となる。
発表会では、冨安選手がケガから復活したことにちなんで「人生において一番大変だった時期から、どうやって新たな一歩を踏み出したか」をテーマにトーク。中澤氏は、「2018年に監督が変わって、守備的だったチームが攻撃的になり、自分にないものを監督から求められて。それに伴って、膝の古傷がちょっと悪くなってしまった」と説明し、「『今まで自分はこうだったよね』と、40歳にもなると固まっていたものがあったんですけど、その凝り固まったものを崩して、新しいサッカーに向かい、新しい自分になるために、じゃあ何をしなきゃいけないかとなったとき、ワクワク感とドキドキ感があった」と回顧。
さらに、「不安な部分があったんですけども、新たな自分を模索し続けることで一歩踏み出す勇気が生まれた」とし、「まず踏み出す、ということ、新しい自分を探し続けるということが、当時のサッカー選手としての自分にとって大きなポイントだったんじゃないかなと思います」としみじみと語った。
また、「今年新たに挑戦したいこと」というテーマでは、中澤氏は「新たなラクロス」と回答。サッカー引退後、ラクロスのコーチに転身した中澤氏は、長女と次女が7月下旬から8月上旬にかけて日本で開催されるラクロスの世界大会に選ばれたことを明かし、「親として何もしないわけにはいかないので、指導者として今大学(のラクロスチーム)を見ていますので、やっぱり新しいラクロスを日々研究したい」と思いを吐露。
そして、ラクロスが2028年のロサンゼルス五輪の競技になったことに触れ、「ラクロス界はレベルが上がっていますので、日本も、強いんですけれどもメダルというところにもしかしたら届かない可能性も」とし、「新しいラクロスを模索して、日本らしいラクロス、メダルを取れるラクロスを探求していきたいなと」と意気込んだ。
中澤氏は、子どもの教育方針についても聞かれると、「娘が何かしたい、遊びたい、どっか行きたい、と言ったときは、忙しくても疲れていても必ず行きました。『ちょっと待ってね、あとで』は言わなかった。子育てって、それがすべてだと思っているんです」と子育てで重視していたことを告白。続けて、「疲れてるから、忙しいからを言い訳にしない。子どもは自然と覚えていると思います。記憶としてはないと思うけど、どっかしら細胞の中に残ってると思う」と理由を明かしていた。




