「なんでお前がゴングショー出ないといけないんだよ!」――。そう声を荒らげた先輩の一言に、まちゃまちゃは救われた。芸歴30年。女性芸人がほとんどいなかった時代に、相方も同期もいない環境で芸人を続けてきた彼女が語る、あの頃の葛藤と、今も忘れられない支えとなった出来事とは。(前後編インタビューの前編)

  • まちゃまちゃ

    まちゃまちゃ

取材開始14秒で毒舌

「この撮影の時もいろいろあったんですよ」

取材が始まり、お笑い番組『エンタの神様』(日本テレビ系)で一世を風靡した摩邪名義で出版された著書『って言う女!』(竹書房)を見せると、まちゃまちゃは冒頭のように切り出し、当時の愚痴をこぼしだした。

記事を書いている今、改めてボイスレコーダーの時間を確認すると、なんと開始14秒。挨拶もそこそこに毒舌が、あまりにもテレビで観ていたまちゃまちゃそのもので、取材の時も大爆笑してしまった。

この著書が発売されたのは2005年。まさにマジャ・コングのネタでブレイク真っ只中の時期だ。あれから20年余り。まちゃまちゃは芸歴30年になった。5月7日には、芸歴30周年と自身50歳の誕生日を記念するライブ『まちゃまちゃ30年祭&生誕祭「独身披露宴」』を、東京・Zepp Shinjukuで開催するが、芸歴30周年を迎えた感想は「耐えたーっ!」だという。

「私は一番近い芸歴で言ったら、東京NSC1期生の品川庄司になるんですけど、ばっちり同期がいなくて。少し上の先輩が、当時あった銀座7丁目劇場の第2オーディションに合格した人たちで、今も現役で残ってるのが、札幌にいるモリマンのお二人と、地元に帰るって言ったくせにイモひいて大分じゃなくて福岡にいるダイノジ。ダイノジは向こうが芸歴詐称し始めたので、大地・大谷と呼び捨てで呼んでいますが(笑)、モリマンとダイノジが1年半先輩で、私の3カ月後に初舞台に立つのが東京NSCの1期生になります」

「って考えると、東京吉本で芸人を始めて今も東京に残っているなかだと私が一番長くなるんじゃないかと思っていて。もちろん大阪に行けば、特に女性芸人は若手より元気な先輩方が多いのですが。(椿)鬼奴も年は上ですけど、芸歴は下ですし、そんなこと言い出したらキリないですけど、東京で考えたらそうだなと思って」

女性芸人が今よりもずっと少なく、芸人同士の雰囲気も「ギスギスしてた時代」だったなかで、相方も同期もいない自分がよく続けてくることができたな。そんなふうに改めて感慨深げに話した。

  • ライダースジャケットの下に着ている『まちゃまちゃ30年祭&生誕祭「独身披露宴」』Tシャツは、ホルスタイン・モリ夫(モリマン)がプレゼントしてくれたという。

    ライダースジャケットの下に着ている『まちゃまちゃ30年祭&生誕祭「独身披露宴」』Tシャツは、ホルスタイン・モリ夫(モリマン)がプレゼントしてくれたという。

ファンレターは全て大事に保管

また、芸人同士の雰囲気について話した流れで、一昔前は同じ吉本興業でも東京と大阪で距離があり、「東京から大阪の劇場に呼んでもらうには本当に頑張らないといけない」と振り返りながら、『エンタの神様』出演でブレイクしたあとに、大阪の劇場出番を初めてもらった時のこんなエピソードも教えてくれた。

「うめだ花月の出番に初めて呼んでもらった時に、本当だったら出番が終わったらすぐに帰っていいんですけど、どうしようかなと思って。このまま帰って、『だから東京もんは』って陰口言われねえかなと(笑)。だから、『ご挨拶もせずお先に失礼いたします』みたいに書いた手紙を、『皆さんお仕事中でどなたに渡していいか分からなくて』と受付の警備員さんに預けて」

「人生の中でヤンキーをやったことは一度もなく、ただツッパてきただけなのですが、ずっと先輩が存在する縦社会にいるので、それが自然な流れといいますか(笑)。結局、手紙は届いたのかも分かりませんが(笑)」

雰囲気の違いでいうと、自身の若手時代、東京の劇場には女性芸人がほとんどいなかったため、劇場に足を運ぶ同性のファンの目が厳しく感じたそうだ。

「だから私、舞台上ではコント以外でスカートもはいたことなかったかもしれないです」

まちゃまちゃは「私が勝手に思っていただけなんですけど」と言い添えるが、芸人や劇場に通っていたファンなら分かる独特な空気感があったのだろう。けれど、熱心に応援してくれるファンもたくさんいたと頬をゆるめる。

「今も仲良くしてる女の子がいて。当時高校生だったんですけど、今はもう2児の母ですかね。私、19歳で吉本に入ってるんで、今になって思ったらあの子とそんなに年齢近かったんだって感じですけど、そういう同世代の子が毎回手紙をくれたりとか」

「私、ファンレターを捨てたことがないんです。もともといろんなものを捨てられないんですけど、ファンレターを今まで捨てたことが1度もなく、馬鹿みたいに暇な時はお返事も書いてた。だから、忙しくなって、頭パンパンになってる時にお返事を書けなくなってる自分がすごい嫌だったな」

「若手の頃はアンケートで舞台の数が変わってくるので、本当にありがたかったですね。そのあとはまた吉本から冷遇が……(笑)。ってすぐにこんなこと言っちゃいますけど、本当に最初はめちゃくちゃ優等生だったんですよ。まだ目が濁ってない頃の自分を褒めてあげたい(笑)」