「あかりの政治とは何か」を考える上で、これまでたびたび紹介してきた宮沢賢治『銀河鉄道の夜』の草稿に目を向けると、興味深い事実がある。

『銀河鉄道の夜』には複数の草稿があり、賢治は書き直しを重ねた。第三次稿では「博士」という人物が登場し、その時代その時代で正しいとされることは違う、自分の神と他人の神が違うことで争いが絶えない、だから時代の正解ではなく真実を目指すべきだ、という明確な哲学的結論が語られていた。しかし賢治は第四次稿でその結論を自ら消し、「ほんとうの幸いとは何かわからない」という、より開かれた問いとして残したまま世を去った。

その「消された結論」が、第4話のコインランドリーの光景として、静かに浮かび上がってくる。

政界という「その時代の正解」からこぼれた人々――五十嵐も、日雇い労働者の北斗も、かつてのあかりも――が一箇所に集まっている。勝ち組の論理、時代の空気、多数決の正義。そこに乗れなかった人間が、こぼれ落ちた先で出会っている。

これはまさに賢治が問い続けた「誰の神が本当の神か」という問いの、現代における具体的な姿ではないか。

そしてあかりは、その問いに答えようとしない。ただ、目の前の人に向き合う。「失敗になる」という言葉が壊せない北斗の心を、理屈でも政策でもなく、体温で溶かしていく。 賢治が第三次稿で出した答えを自ら消したのは、「正解を上から与える」ことへの不信だったのかもしれない。あかりの政治とは、正解を与えることではなく、こぼれた人々の隣に立つことだ――第4話はそう告げているように見える。

『銀河の一票』というタイトルに込められた意味は

そしてあらためて、このドラマのタイトル自体が、その思想を体現している。

「銀河」と「一票」――これほど対照的な2つの言葉を並べたタイトルは、おそらく意図的な設計だ。「銀河」は宇宙的・普遍的・永遠的なもの。生死を超え、時代を超え、すべての魂を包む壮大な概念だ。一方「一票」は、民主主義における最小単位。一人の人間が、一度だけ、静かに投じる、極めて小さな意志の表明だ。

賢治が『銀河鉄道の夜』で問い続けたのは、宇宙規模の「ほんとうの幸い」だった。しかしその答えは、北斗のような名もなき一人の心が溶ける瞬間にあり、あかりの体温のような、極めて小さな場所にある。

壮大な問いへの答えは、小さな一票の中にある――このタイトルはそう言っているのではないか。

賢治は「みんなの幸い」を叫んだが、その「みんな」に届く具体的な方法を書かずに没した。このドラマは「一票」という、最も小さくて最も平等な行為の中に、その答えを見ようとしている。

銀河ほど大きな夢を、一票ほど小さな現実で実現する――それが『銀河の一票』というタイトルの、本当の意味かもしれない。

  • (C)カンテレ