さて、このドラマの感想をSNSなどで見ていると、次のようなツッコミが目立つ。「そんなにみんな昔のことって忘れるもの?」「そこまで記憶違いすることってある?」
確かに、ドラマはフィクションであり、演出として誇張されている部分もある。そうした疑問はもっともだ。しかし実は、私たちが思っている以上に、記憶というものはあいまいで、しかも“書き換わり得る”性質を持っている。この現象は、神経科学の分野では「記憶の再固定化(memory reconsolidation)」と呼ばれている。
米国国立医学図書館(PubMed Central)に収録されている、神経科学誌『Cold Spring Harbor Perspectives in Biology』(2015年、第7巻)に掲載されたカリム・ナーダー(Karim Nader)らのレビュー論文では、次のような知見がまとめられている。それは、「想起された記憶は再び不安定化する」という発見である。
従来の理論では、記憶は一度「固定化(consolidation)」されれば安定し、その後は壊れにくいものだと考えられてきた。ところがナーダーらの研究は、その常識を覆した。
記憶は、思い出した瞬間に再び“可塑的(不安定)”な状態に戻る。そして、その後もう一度固定化される。この再固定化までの不安定な時間帯に、新たな情報や感情が入り込むと、記憶の内容が更新・修正される可能性があるというのである。
分かりやすく説明するとこうだ。まず、ある出来事を経験する。脳はそれを固定化し、記憶として保存する。後日、その出来事を思い出す。しかし、その「思い出す」という行為そのものが、記憶を一時的に“書き換え可能な状態”にしてしまう。そこに新しい情報が加わったり、当時とは異なる感情が伴ったり、文脈を取り違えたりすると、歪んだ形のまま再び固定化されることがある。
つまり、記憶は思い出すたびに、一時的に揺らぐ。そしてその揺らぎの中で、修正や更新が起こり得る。
重要なのは、これは異常ではないという点だ。むしろ、脳の「可塑性(plasticity)」――変化に適応する力――による正常な働きである。もし記憶がまったく更新されなければ、私たちは環境の変化に適応できないだろう。「記憶が都合よく変わってしまう」と感じることがあったとしても、それは脳が壊れているからではない。脳が“更新可能なシステム”であるがゆえに起こる現象なのである。
神経科学の知見が示しているのは、こういうことだ。記憶とは、保存された過去そのものではない。それは、再生のたびに再構成されるものなのである。単に物覚えが悪いとか、老化しているとか、そうした単純な話ではない。私たちの記憶は、そもそも“変わり得る構造”を持っているのだ。
本作は今後も、この「脳の再固定化」による混乱が物語上で起こっていくだろう。何が嘘で何が本当か──。古沢氏に楽しく、存分に振り回されてほしい。




