もう一つ言及しておきたいことがある。それは、多くの出番はないが、名優ぞろいの『もしがく』で、一際異彩を放っている毛脛モネ役の秋元才加だ。『マジすか学園シリーズ』(テレビ東京)、またそれ以前から彼女のお芝居を見てきた人にとっては、いまや“あの”三谷作品で、さらには名優たちに負けず劣らずの存在感を放っていることに感慨深さすら感じているのではないか。

第5話でも出番はほんの少しだが、ソリッドな存在感、ダイナミックに体を用いた芝居がやけに印象に残り、日本俳優・女優に多い、繊細な芝居とはまた少し異なるお芝居が見られた。事実、第4話に関しては、『もしがく』に否定的なコメントをSNSでポストしていたユーザーが、「秋元才加と教師とのやり取りの部分だけは面白かった」と記していたのも見かけた。これらも含めて考えるに、彼女のお芝居は、そこまで芝居にこだわって見ない層にも届く表現方法を採っているのではないかと筆者は見る。

そう思ったきっかけは、彼女を前にしたインタビュー時の空気。少し古い話になるが、2020年。ハリウッドのカルト的人気を誇る映画シリーズ『山猫は眠らない8 暗殺者の終幕』(しかも二番手の準主役!)の、撮影を終えたタイミングでの取材だった。

彼女は次のように語っていた。ハリウッド映画では、日本人が出演する際でNGなのは、“英語がしゃべれている風”。それでは様々な国の人が理解できる英語にはならないのだという。映画『ブラック・レイン』の高倉健のように、一言一言、しっかりゆっくり発音する“異国人”の英語こそが、ワールドワイドに展開する映画には必要なのかもしれないと彼女は語った。

さらに監督からはこう聞かれた。この台本の何が面白く何が面白くないか、と。ハリウッドではド新人女優でもあるにかかわらず、「あなたもアーティストなんだから意見を欲しい」と意見を求められた。これが彼女にとっては衝撃だったらしい。当然、プロデューサーや監督に求められた芝居が大前提だが、自身が表現者でありアーティストであるということをそこでハッキリと意識させられたらしい。

おそらくそのバックボーンが、『もしがく』の彼女にも生かされている。“ワールドワイド”、つまり多種多様な人に届けられる表現。そして秋元才加という“表現者”が、どう秋元才加として作品に向き合うか。

このハリウッド体験の2つが合わさり、否定的な人にも刺さる分かりやすい芝居、そして名優たちに埋もれず目を引く女優になったとは考えられないか。あのインタビュー時の彼女の、しっかりとしかしサービス精神たっぷりに話す凛とした姿は今も忘れられない。やけに目を引く空気感をまとっていた。

芝居は上手い・下手だけでは語れない。秋元才加という“才能”。それも、この『もしがく』には必要不可欠な要素になっていると、私は思う。