シリーズは、信越放送の番組を“課題図書”にして、内田が著名人と対話するが、このゲストの人選には「とても苦労しました」という。「特に日本の芸能界は、政治的な話題や戦争に関連することに触れるのを、極端に避けたがります。お笑いの世界などは特に顕著で、“この人も断るのか”とリスク回避が過剰に進む日本社会を実体験していく感じでした」と振り返る。「それだけに、今回の企画では、日々きちんとモノを言っている人たちに出会えた」と捉えた。
『無言館・レクイエムから明日へ』で登場する森山直太朗については、「現代をどう見ているか、その視線を強く感じます。『アルデバラン』の歌詞でも、“ペテンな時代に”、“不穏な未来に”、“不確かな明日に”とあるように直太朗さんの時代感覚が投影されています」といい、森山は多忙な中でも出演を快諾。今回のオファーを受け、内田との対話の前に無言館を見学してきたそうで、収録当日の都内のスタジオは「爽やかな信州の風が吹いている感じがしました」と印象を語る。
『少年たちは戦場へ送られた』で登場するYOUに期待したのは、「場を切り裂く発言」。彼女を「予定調和で流れていくところに、ちょっと抜けたようなふりをしながら“えっ! 言っちゃった、この人”という時が彼女にはあります。あれは相当クレバーじゃないとできない」と見ていた阿武野氏。戦時下、空気に流されて満州の奥地に少年たちが連れて行かれたという歴史的事実に、「流れを変える発言、空気の壊し方が語れる、YOUさんはそんな要素を持った人です」と狙いを明かした。
『遼太郎のひまわり』で登場する坂本美雨は、戦火のガザ地区に対して様々な支援を行っており、芸術への造詣の深さという共通点からも内田とカップリング。それに加え、題材が母と息子の物語ということで、「お子さんを育てる視線に、美雨さんの大きな包容力を感じる」と依頼したそうだ。
『戦後70年 樹木希林ドキュメンタリーの旅』では、戦中生まれの希林さんを旅人に据え、対話相手も大正生まれの歌人・岡野弘彦のほか、戦争の時代に近い世代が登場していた。それから10年の歳月を経て、今回は戦後80年の大きなテーマとしてある、“継承”も意識。「敗戦当時15歳だった人が95歳なので、戦争体験世代がゼロになる日が現実になってきました。メディアは戦争について、伝えること、伝わること、伝えるべきこと、伝わらないこと、次の世代に不戦のバトンをどう渡していくかを考えなければいけない」と、現役世代を中心にブッキングしていった。
写真に撮られ、SNSに載せられ、レッテルを貼られ…
10年を経てのもう一つの変化は、SNSの発達。「辺野古や靖国神社にいる。それを写真に撮られ、SNSに載せられる。レッテルを貼られ、思わぬ炎上ということもあり得る。芸能一家の心配はとめどなく、そういう意味で、也哉子さんには心労をおかけすることになってしまい、ロケ中も“ごめんなさい”と私は謝るしかありませんでした。延べ20日を超える旅ですからいろいろありましたが、私が旅に一番迷い、オロオロしていたかもしれません」と、紆余曲折の旅路を振り返った。
そんな要素も「今は旅の醍醐味だと思っています」と捉える阿武野氏。「放送し終わった後に、也哉子さんがこの旅をどう振り返るか。終えてすぐ、そして1年後、さらに5年後、それぞれどう感じるか、この旅の持つ意味が時とともに変わると思います。時をためてそれなりに耐えるのがプロデューサーの仕事なのかもしれませんね」と、自らの使命を再確認した。
『ドキュメンタリーの旅』の取り組みによって、今回は信越放送、前回は古巣の東海テレビのほか、カンテレ、テレビ長崎、長野放送、沖縄テレビと、一度の放送で役割を終えていたローカル局の良質なドキュメンタリーに、日の目を浴びる機会を提供することに。
フリーの立場となった今、この活動を今後も行っていくことについては、「テレビの系列は関係なくなりましたし、いろいろな局で試してみたい企画です。だから今回が成功体験になればいいですね。また、きちんとコツコツ作ってきたローカル局には宝物があります。“皆さん、今きちんと作っていれば未来の人にそれを手渡せますよ”と、メッセージが伝わってくれればと思います」と意欲を述べている。
●阿武野勝彦
1959年生まれ。静岡県出身。同志社大学文学部卒業後、81年東海テレビに入社。アナウンサーを経てドキュメンタリー制作。ディレクター作品に『村と戦争』(95年・放送文化基金賞)、『約束~日本一のダムが奪うもの~』(07年・地方の時代映像祭グランプリ)など。プロデュース作品に『とうちゃんはエジソン』(03年・ギャラクシー大賞)、『裁判長のお弁当』(07年・同大賞)、『光と影~光市母子殺害事件 弁護団の300日~』(08年・日本民間放送連盟賞最優秀賞)など。劇場公開作は『青空どろぼう』(10年)、『長良川ド根性』(12年)で共同監督。『平成ジレンマ』(10年)、『死刑弁護人』(12年)、『約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯』(12年)、『ホームレス理事長 退学球児再生計画』(13年)、『神宮希林』(14年)、『ヤクザと憲法』(15年)、『人生フルーツ』(16年)、『眠る村』(18年)、『さよならテレビ』(19年)、『おかえり ただいま』(20年)、『チョコレートな人々』(23年)、『その鼓動に耳をあてよ』(24年)、『いもうとの時間』(25年)でプロデューサー。個人賞に日本記者クラブ賞(09年)、芸術選奨文部科学大臣賞(12年)、放送文化基金賞(16年)など、「東海テレビドキュメンタリー劇場」として菊池寛賞(18年)。著書に『さよならテレビ ドキュメンタリーを撮るということ』(21年)。24年1月末で東海テレビを退職。「オフィス むらびと」代表。



