『源氏物語』を生み出した紫式部の人生を描く吉高由里子主演の大河ドラマ『光る君へ』(NHK総合 毎週日曜20:00~ほか)。主人公のまひろ/紫式部(吉高)と、彼女にとって生涯のソウルメイトとなる藤原道長(柄本佑)との逢瀬の場となっているのが、元貴族の屋敷が風化した「廃邸」だ。実に幻想的な雰囲気を醸し出し、2人が織りなす愛をとても豊かに彩ってきた廃邸について、山内浩幹氏、枝茂川泰生氏、羽鳥夏樹氏ら美術部のスタッフ陣に話を聞いた。

  • 廃邸で繰り広げられたまひろ(吉高由里子)と藤原道長(柄本佑)の逢瀬シーン

「六条」「夕顔」「なにがしの院(廃院)」「もののけ」など、『源氏物語』を連想させる要素をふんだんに盛り込んだ廃邸では、この世とあの世との境界線を曖昧にしたような幻想的な世界観を表現。太陽と月光が、かつての栄華を感じさせる朽ちた寝殿や池の水面を照らし、浮世離れした場所を作り上げている。ここでは、まひろが道長に自身の過去を打ち明けたり、道長から駆け落ちの提案をされたり、2人にとって思い入れの深い場所となっているに違いない。

視聴者の間でも反響を呼んだ廃邸について、山内氏は「SNSで『もしかして六条?』『夕顔!?』などとたくさんつぶやかれましたが、まさしくそういうシーンとなりました。まひろが道長に過去を告白する大事なシーンが描かれたことを機に、2人が度々会う密会の場所になっていきました。まひろたちにとってはとても大事な場所で、きれいすぎてもいけないし、汚すぎてもいけないという非常にバランスが難しい中で生まれたセットです」と苦労を明かす。

もともと大石静氏の脚本のト書きにも「廃邸」と書かれていたそうで、山内氏は「実際に『源氏物語』でも六条にある廃院で男女が忍び会うシーンがあるので、そこからイメージされたのではないかと。時代考証の倉本(一宏)先生も、『2人が会う場所は六条に設定されたらいいと思います』とアドバイスをいただきました」と説明。

「六条にすれば、『夕顔』のエピソードとリンクするので、劇中でも『六条に行け』という直秀の台詞が追加されました。夕顔から連想し、何かもののけが取り憑いたような荒れ果てた館がおのずと連想されました。また、池が三途の川を彷彿とさせますし、極楽浄土への水とも受け取れます。為時の屋敷も同様に水が豊かなデザインですが、水があることで、男女の心の揺らぎなどが表現できるし、月や顔が水面に映るような仕掛けも可能となります」と語った。

廃邸のセットのヒントになったのは、平安神宮神苑の泰平閣という橋殿だと羽鳥氏が明かす。

「池の真ん中に橋がかかっていて、渡り廊下があり、庭園全体を見渡せるような場所があります。また、2人が離れたりくっついたりするような表現も、こういうところだったらお芝居としてとてもやりやすいのではないかと思いました」

さらに「まひろと道長は身分差があるので、公の場では会うことができません。その2人が会うことができるシチュエーションが欲しかった。2人が逢瀬を重ねる場所ということで、今までの貴族のセットとの明確な対比や、2人が織りなす儚い感情を表現する必要がありました。だから“諸行無常”、すなわち生きているものと死んでいるものを両方織り込むという幻想的な世界観で勝負したいとも思いました」と廃邸のコンセプトを明かす。

  • 廃邸のセット

屋根の穴から月光を降り注がせ幻想的な世界に

まひろと道長がようやくお互いの心をしっかりと受け止めあった第10回でのシーンは、非常になまめかしい映像になった。

この回を手掛けた演出の黛りんたろう氏について山内氏は「黛さんは幻想的な世界を作り出すのが得意な演出家です」とした上で、「彼が最初に『まひろが横になって上を見たら、崩れて穴が空いた屋根から満月が見えていたい』と言い、 我々はそのイメージに度肝を抜かれつつ、朽ちて穴の空いた屋根をデザインするに至りました。そして照明さんがそこから月光を降り注がせるというプランを組みました。さらに本番収録が近くなった時、『そこから月の雫を降らせたい』と提案され、あのようなシーンになりました」と述懐。

屋根の穴とそこから注がれる光については、羽鳥氏がこう解説する。

「廃邸は木々に浸食されている程朽ちているので、屋根が崩れ落ちてぽっかり空いたところから月が見えているということでした。それを聞いて『源氏物語』らしさを感じつつ、1枚の絵画に収まるような素敵な空間にしたいと思いました。また、その穴よりしたたり落ちた雫が2人を見守っているようなファンタスティックなシチュエーションを作るべく、特殊効果のあるスモークを使ったり、照明効果を上手く利用したり、逆光で辺りが見えづらくしたりと、照明と美術、特殊効果のチームが三位一体となって取り組みました」

まさに同シーンは技術スタッフ陣による連携プレイの賜物だが、羽鳥氏は「やはり光の方向性はものすごく重要で、セットを生かすも殺すも最後は照明だと思っています」と、照明の役割の大きさを強調する。

「平安時代は現代のような電気照明がなく、太陽や月による自然光に頼った生活をしていました。それを照明が作っています。お芝居が一番よく見えるポジションを想定し、ある程度プランを練っておきます。その上で演出部や照明部と相談しながら、芝居の動きや撮影・照明計画の方向性を考えていきます」と言うと、山内氏も「模型を見て事前に検証することもありますし、現場のインスピレーションで、その瞬間のひらめきを大切にすることもあります」と付け加える。

「図面ではセットの東西南北を決めています。通常、池がある庭が南に面していると思いますが、そこはセットなので臨機応変にしています。時には月光が違う方向から入ったりと、シーンによって効果的な照明を作る場合もあります。もちろん、事前に打ち合わせをしますが、好きなところに照明を入れられるのがセットのいいところだと思うので、照明さんも状況に応じて遊んでくれています」

実際に仕上がったシーンは、確かにキラキラと輝く光の粒子みたいなものが見受けられ、実に尊くも官能的な名シーンとなった。山内氏は「一体、これは何なんだ? と視聴者の皆さんにいろいろと考えていただければいいなと思いました。僕自身も月のかけらなのか、それとも誰かの涙なのかがわからなくて。ただ、非常に美しい絵画のような、『源氏物語』を象徴するシーンになったと思います」と手応えを口にした。

物語は、5月26日放送の第21回より「越前編」がスタート。まひろは越前国守に任命された父・藤原為時(岸谷五朗)に同行し、京から越前国府(現在の福井県越前市)に移り、そこで人生の重要な節目を迎える。まひろと道長の切っても切れない関係性は、「越前編」でどう発展していくのだろうか。吉高らキャストの熱演とともに、ドラマをより一層盛り上げる美術セットにも注目していきたい。

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