JR九州と熊本県は4月4日、肥薩線八代~人吉間の鉄道復旧で基本合意した。2020年7月4日の豪雨で肥薩線が被災し、八代~吉松間が不通となってから約4年。熊本県の「粘り強い交渉」と「費用負担の覚悟」が実った。しかし、残る人吉~吉松間については、復旧に向けた協議が行われていない。沿線の鹿児島県と宮崎県は復旧を望んでいるものの、具体的な動きはない。このままでは存続できないかもしれない。

  • 肥薩線の不通区間と復旧合意区間(地理院地図を加工)

肥薩線は八代駅(熊本県八代市)と隼人駅(鹿児島県霧島市)を結ぶローカル線で、営業キロは124.2km。起点の八代駅でJR鹿児島本線と肥薩おれんじ鉄道に連絡、終点の隼人駅でJR日豊本線に連絡する。かつてはこのルートが鹿児島本線だった。後に海沿いのルートで鹿児島本線(八代~川内間は2004年に肥薩おれんじ鉄道へ移管)が開業すると、支線に格下げとなった。しかし、途中の人吉駅でくま川鉄道に連絡し、吉松駅でJR吉都線に連絡するなど、南九州の鉄道ネットワークを形成する路線である。

このうち八代~吉松間が2020年7月の豪雨で被災した。被災箇所は鉄橋流出2本を含めて448件に及び、復旧費用は約235億円と見積もられた。被災前は年間で9億円の赤字を出すという非採算路線でもあり、JR九州は鉄道復旧に難色を示していた。それでも沿線自治体の鉄道復旧の意向は強く、国土交通省と熊本県が主体となって、2022年に復旧・存続をめざして「JR肥薩線検討会」を設立。2024年4月3日までに7回の会議が行われた。

4月4日の基本合意内容は、「上下分離」「観光需要と日常生活利用の創出を具体化する」など。2023年頃に、熊本県と沿線自治体は「SL人吉が走った肥薩線は観光資源として重要」と主張していた。熊本県は復旧費について「国と県で9割負担、上下分離を採用し、年間7億4,000万円の維持費についても県が支援して、市町村側の負担は約5,000万円に減額する」とした。これは2022年に豪雨災害から復旧した只見線を想定したものとみられる。福島県が只見線の観光価値を評価し、県内の経済効果を期待して費用負担を決めた。

しかしJR九州は、「観光振興だけでは持続可能性が確保できない」「沿線の人々が日常的に利用しなければ鉄道を残す意味がない」として、鉄道復旧について具体策を求めていた。そこで、熊本県と地元12市町村が参加する「JR肥薩線再生協議会」は野村総合研究所に委託し、JR九州が求める条件について検討。「肥薩線利活用策」をとりまとめた。この中には、従来の「利用者向け助成制度」だけでなく、「パークアンドライド用駐車場の整備」「鉄道と接続するフィーダー交通の整備」が盛り込まれている。

JR九州のいう日常生活の利用は、「沿線に工場など事業所を誘致する」「宅地開発を進めて八代・熊本方面の通勤利用を増やす」などを想定したと思われる。自治体の「上下分離」も英断だが、JR九州もかなり譲歩したといえる。

なぜか取り残された人吉~吉松間

4月25日、JR九州の古宮洋二社長は定例記者会見で、鹿児島県と宮崎県を交えて協議に入りたい考えを示した。鹿児島県の塩田康一知事、宮崎県の河野俊嗣知事が、それぞれの定例会見で肥薩線存続の意向を示したことが背景にある。しかし、YouTubeで公開されている会見の内容を見て、筆者は「どちらも当事者意識が低い」と感じた。

鹿児島県知事は4月19日の定例会見で、「川線」(八代~人吉間)の基本合意を受けて、「山線」(人吉~吉松間)についても前進したとの考えを示し、「山線の部分についても今後の存続・持続に向けてしっかり取り組んでいきたい」「重要なインフラであり、今後の利用促進も含めて協議したい」と、鉄道復旧を目標とする考えを示した。

「いつまでに山線の議論をして、いつまでに再開させていくか、目標はあるか」という質問に対し、「具体的には無い」と回答。「被害の少ない山線を川線より先に再開させたいという考えはあるか」という問いには、「JR九州と話をしていかないと、山と川の順番がどうなるのか、そこら辺は最初からこうというものではなくて、関係者の皆さんと相談しながら検討していければ」と答えた。上下分離を検討するかについても、「そこまで具体的では無いと思う」と答えている。

宮崎県知事は3月26日の定例会見で、「JR肥薩線検討会」に宮崎県もオブザーバーとして参加し、議論を把握していることに触れ、「大きな災害以降、場合によっては路線廃止という例があるなかでなんとか鉄道を残していこうという議論が進んでいることは歓迎したい」と語った。4月9日の定例会見で、人吉~吉松間が別途協議すると示されたことについて、「基本的に復旧を図っていただきたいという思いは変わりない」としながらも、「協議の枠組みについて特に話があるわけではない」と答えた。

熊本県が八代~人吉間の復旧に積極的だった反面、鹿児島県や宮崎県は消極的に見える。「JR肥薩線検討会」には鹿児島県もオブザーバーとして参加している。しかしオブザーバー、つまり傍観者であって当事者ではない。これには2つ理由がある。

1つ目の理由は、人吉~吉松間の大部分が熊本県にあって、鹿児島県や宮崎県の関与する部分が短いこと。人吉~吉松間のうち、人吉駅から矢岳駅付近の約10kmが熊本県の区間である。これに対し、鹿児島県の区間は真幸~吉松間の約4km、宮崎県の区間は真幸駅前後の約4.5kmしかない。被災箇所は熊本県が28件、鹿児島県が1件となっている。つまり、熊本県区間がすべて復旧で合意できれば、鹿児島県区間も宮崎県区間も大きな負担なく復旧できると考えられていた。

ところが、2つ目の理由として、熊本県が復旧論議を人吉駅で区切ってしまった。「JR肥薩線検討会」の全7回のうち、2022年3月22日の第1回検討会から2022年12月6日の第3回検討会まで八代~吉松間すべてを対象としていた。JR九州からの復旧費用の見積もり、約235億円もこのときに出た数字だった。2022年12月6日に行われた第3回検討会の資料で、復旧後の運行費用として、八代~人吉間で年間6億円、人吉~吉松間で年間3億円と分けた数字が示された。

それから半年後の2023年6月28日、熊本県と地元12市町村が参加する「JR肥薩線再生協議会」が、八代~人吉間を対象とした「JR肥薩線鉄道復旧調査・検討事業」をまとめる。ここから「JR肥薩線検討会」は八代~人吉間の検討会になってしまい、人吉~吉松間は別途協議する形になった。もしこのときに、鹿児島県や宮崎県が人吉~吉松間で同様の調査検討を始めていれば、足並みをそろえた議論ができたかもしれない。オブザーバー参加だった鹿児島県と宮崎県はオブザーバーのまま、当事者になれなかった。

熊本県としては、八代~人吉間が復旧すれば、くま川鉄道とつながって一体的な観光、日常利用策を進められる。ちなみに、「JR肥薩線鉄道復旧調査・検討事業」では、人吉~吉松間の熊本県内自治体について「鉄道利用者向けの割引レンタカー・カーシェア提供」「鉄道利用者向けのパーソナルモビリティの貸出」「鉄道に合わせて、自治体運行バス等の運行形態を変更」などを検討している。鉄道がない前提ではないか。

つまり、熊本県は人吉~吉松間の復旧に見切りをつけてしまい、鹿児島県や宮崎県は梯子を外されてしまった。JR九州は鉄道で復旧するなら当然、観光だけでなく日常利用の持続可能性を求めるはずだ。JR九州が公開している「線区別ご利用状況(2018年度)」によると、八代~吉松間の平均通過人員は「455人/日」とのこと。このうち人吉~吉松間は「105人/日」となっている。「八代~人吉間が鉄道で復旧するなら、人吉~吉松間も一緒に」とはならないだろう。

  • 肥薩線の「山線」区間で運行されたJR九州のD&S列車「いさぶろう・しんぺい」(2015年5月撮影)

  • 真幸駅の駅舎(2015年5月撮影)

もし、鹿児島県や宮崎県が肥薩線を復旧したいと思うなら、もう少し危機感を持ってほしい。受け身ではなく、積極的に熊本県やJR九州に働きかける必要がある。しかし、鹿児島県側は吉松~隼人間の全駅が営業しているし、宮崎県側も吉松駅まで吉都線が通じている。実際には、さほど重要視していないかもしれない。そうなると、協議会の発起人のなり手がいないという状況になる。

鉄道ファンにとって、ループ線とスイッチバックが連続する大畑駅、「日本三大車窓」に挙げられる矢岳越えの景色、スイッチバックの真幸駅はいずれも楽しい。しかし、このままでは存続できないかもしれない。