岡山~出雲市間を結ぶ特急「やくも」にとって、2024年は節目の年になる。4月6日に新型車両273系がデビュー。一方、40年以上にわたって活躍した381系は順次置き換えられ、6月をもって定期運用から離脱する。

  • 特急「やくも」の新型車両273系。4月6日のデビューを前に、3月23日に試乗会が行われた

JR西日本は3月23日、「WESTER」会員およびインフルエンサーを対象とした273系の試乗会を実施。筆者も取材のため生山~米子間で試乗した。その際、往路・復路で381系の特急「やくも」にも乗車できたので、この機会に273系と381系を乗り比べてみた。

苦手意識がある381系、理由は乗り物酔い

現行の特急「やくも」は、岡山~出雲市間で1日あたり計30本(15往復)設定され、鉄道による山陽・山陰間の移動で欠かせない列車のひとつになっている。岡山駅で山陽新幹線と接続することから、筆者の住む関西でも「やくも」の認知度は高い。岡山駅からの所要時間は米子駅まで約2時間10分、出雲市駅まで約3時間である。

特急「やくも」に限ったことではないが、山陰方面の移動において、強敵となっているのが高速バス。大阪・神戸から米子・松江・出雲へ行く場合、時間はかかるものの、乗換えがなく、料金も安い高速バスは有力な選択肢になる。岡山駅から高速バスを利用する場合も、所要時間は米子駅まで約2時間30分、出雲市駅まで約4時間だが、料金は岡山~出雲市間で4,400円。特急「やくも」(通常期に普通車指定席の利用で岡山~出雲市間7,020円)と比べて2,620円も安い。

  • 40年以上にわたり特急「やくも」で活躍してきた381系

加えて車両の問題もあった。特急「やくも」は国鉄時代の1982(昭和57)年から381系を使用しており、いまや国鉄特急形電車を用いる唯一の定期特急列車である。40年以上にわたって走り続けてきたため、設備の陳腐化も課題となっていた。

今回、273系の試乗会を取材するにあたり、岡山駅から特急「やくも」で往復した。下り・上りともに車両は381系。3月16日のダイヤ改正で、特急「やくも」は全車指定席となったため、筆者も普通車指定席を利用した。

最初に断っておくと、筆者は381系に対して苦手意識がある。幼少期に381系で乗り物酔いを経験したため、いまでも381系に乗車する際は緊張してしまう。

往路で利用した下り「やくも9号」の使用車両は、国鉄色をリバイバルした381系だった。久しぶりに見るクリーム色に赤帯の国鉄色が、かえって新鮮に見える。先頭車の側面に貼られた「JNR」マークも誇らしい。

外観とは裏腹に、車内はリニューアルされている。2007(平成19)年から「ゆったりやくも」として全面的にリニューアルされ、現在は特急「やくも」の381系全車両が「ゆったりやくも」仕様に。普通車の座席は赤地のデザインで厚みがあり、重厚さも感じさせる。リニューアル前の一般的な国鉄特急車両の座席と比較すると、座り心地は格段に良い。ただし、車内の照明は丸形の室内灯が並び、薄暗く感じられた。天井はねずみ色であり、381系特有の天井の低さもあって圧迫感がある。

11時13分、下り「やくも9号」は岡山駅を発車した。筆者の座った席は、台車に近かったせいもあると思われるが、加速時に発生する小刻みな揺れが気になった。独特の揺れにより、加速時はゴツゴツした乗り心地になる。

  • 国鉄色をリバイバルした381系。特急「やくも」は倉敷駅から伯備線を走行する

倉敷駅から伯備線に入り、11時48分に備中高梁駅を発車すると、いよいよカーブが多くなる。381系はカーブの走行時、高速で通過するために車体を傾ける自然振り子方式を採用している。コンピュータ制御ではなく、基本的にカーブが来たら自然と車体が傾くという構造ゆえに、カーブから直線に戻っても無駄な車体の揺れが発生するといわれる。カーブの多い線形も相まって、伯備線内では横揺れが続く。車掌も足を踏ん張りながら通路を歩いていて、体に負荷がかかっていないか、思わず心配になるくらいだった。

新見駅から先はスマホもつながりにくくなる。381系の車内はコンセントもWi-Fi設備もない。車内の揺れやバッテリー容量が気になるせいか、テーブルにスマホを置き、映画鑑賞するといった新幹線でおなじみの光景も見かけなかった。結局、車内で時間を潰すための行為は睡眠の一択しかなくなる。ちなみに、帰りに乗った上り「やくも22号」は8割ほどの利用率だったが、ほとんどの乗客が眠りについていた。

生山駅到着前にトイレと洗面台を利用した。洗面台は水が飛び散り、エチケット袋が用意されていた。洗面台の光景が381系の乗り心地を物語っているかもしれない。12時50分頃、下り「やくも22号」は生山駅に到着。筆者はここで下車した。

「揺れない車両」の自信を感じさせる273系

生山駅から米子駅まで、特急「やくも」の新型車両273系に試乗した。普通車の車内に入ると、381系に乗った直後ということもあり、明るい車内が強く印象に残った。天井や窓周りに明るい色が使われる一方、床面は木目調の落ち着いた雰囲気で、バランスの良さを感じさせた。

  • 273系の普通車。着席すると、天井や窓周りの明るい色の効果がよくわかる

試乗会の列車は13時16分に生山駅を発車。加速はいたってスムーズだった。273系は国内初搭載という新機能「車上型の制御付自然振り子方式」を採用しており、走行データとマップデータを照合しながら連続的に現在位置を補正し、正しい現在位置をもとに適切なタイミングで車体を傾かせる。これにより、乗り物酔い評価指標が最大23%改善したとされている。

生山~米子間は備中高梁~生山間と比べてカーブは少ないが、そのことを差し引いても、273系はとにかく揺れない。これは筆者だけの感想ではなく、他の取材関係者からも同様のコメントが聞かれた。273系の乗り心地は、381系とは段違いだった。

  • カーブ走行時の貫通路の様子

  • 273系の洗面台にエチケット袋はなかった

洗面台を見ると、381系にあったエチケット袋が用意されていなかった。これだけでも、273系は「揺れない車両」という自信を感じさせる。さらに、273系の洗面台は底が深くなっているため、水が飛び散ることも少なくなるだろう。

「セミコンパートメント」は長旅で重宝するかも

ところで、筆者が前々から気になっていた273系の設備が、普通車指定席と同じ料金で利用できるグループ向け座席「セミコンパートメント」である。「セミコンパートメント」はフルフラットにでき、靴を脱いで足を伸ばせるしくみになっている。

試乗会において、筆者も実際に足を伸ばしてみた。やはり足を伸ばすと楽であり、長旅で重宝する設備になるのではないかと思う。座席自体はリクライニングしないものの、背ずりのクッションが意外と心地良い。普通車と比べて着席時の視野も広がり、眠ることなく車窓風景を楽しめそうだった。生山駅を発車してから1時間弱で米子駅に到着したが、あまりにも乗り心地が良かったので、降りるのがためらわれるほどだった。

  • 「セミコンパートメント」で足を伸ばすと、より眺望が楽しめる

40年以上前に導入された381系は、自然振り子式の採用により、気動車時代と比べて岡山~出雲市間で約20分のスピードアップを実現した。一方、273系は導入後も所要時間に大きな変更はないが、乗り心地は大幅に改善されている。速達性を重視し、スピードアップを実現した381系に対し、273系は乗り心地を改善するなど、快適性を重視した車両といえる。時代の変化にともない、特急「やくも」に求められるニーズの違いが垣間見られ、じつに興味深かった。

乗り心地を大幅に改善した273系がデビューすれば、山陽・山陰間の移動に大きなインパクトを与えるはず。強敵の高速バスに対抗できる「切り札」になることは間違いない。