JR西日本は2024年春以降、岡山~出雲市間を結ぶ特急「やくも」の新型車両273系を投入する。10月17日に実車が報道公開され、沿線利用者にとっても「待ちに待った」といったところではないだろうか。273系に対する期待は高いように感じられる。

  • 特急「やくも」の新型車両273系。10月17日に報道公開が行われた

273系は「やくも」の専用車両ということもあり、最新の振り子方式を導入したほか、さまざまな工夫が施されている。今回は報道公開にも参加したデザイナーの川西康之氏(イチバンセン代表取締役)をはじめ、関係者に話を聞きつつ273系の魅力に迫った。

■JR社員・家族などにヒアリング、塗装や車内を作り込む

273系の製造にあたり、車両製造を近畿車輛、デザイン監修をイチバンセンと近畿車輛デザイン室が担当した。デザイン監修の振り分けに関して、イチバンセンは利用者のニーズを拾い上げ、JR西日本へ利用者の声を届ける立場にある。その後の技術的な基本設計は近畿車輛が担う。一方、座席や色調の選定、照明などのインテリア部分はイチバンセンが深く関わる。

外観はJR西日本の従来的な直流特急形電車(287系など)を基本としつつ、「山陰・伯備線の風景に響き、自然に映える車体」をエクステリアデザインコンセプトとし、暖色系の「やくもブロンズ」を基調色とした。

  • 「やくもブロンズ」を基調とした車体。「やくも」のロゴ・シンボルマークも入る

イチバンセン代表取締役の川西康之氏によれば、273系のデザイン策定に関して、JR西日本に「市民を巻き込んでデザインしませんか」と提案、「お客様の声を汲み取って、お客様が本当に欲しい車両」をめざしたという。

つまり、デザイン会社や車両メーカーが一方的にデザインを決めたわけではないということだが、利用者の声を汲み取ろうとした際、立ちはだかったのが新型コロナウイルス感染症だった。コロナ禍の影響で、一般市民に集まってもらう形式でのヒアリングはできなかったものの、JR西日本とグループ会社の社員や家族から「やくも」に対する忌憚のない声を聞き、それをベースに塗装や車内を作り込んでいった。

■「やくも」の旅に「お気に入りの空間を見つける」楽しさ加わる

273系は4両編成にもかかわらず、多様な設備が特徴となっている。普通車とグリーン車を基本としつつ、半室グリーン車に隣接してグループ向け座席「セミコンパートメント」を配置した。

幅広い層が利用できる「フリースペース」、荷物の搬送などあらゆる用途に利用できる「ユーティリティスペース」も用意している。フリースペースはちょっとした個室になっており、たとえば室内でこどもをあやすといった使い方も考えられる。

  • グリーン車は横3列(1列+2列)、普通車は横4列(2列+2列)の座席配置に

  • フリースペース・ユーティリティスペースも設けた

273系の設備を充実させた背景には、現在の「やくも」での乗客の過ごし方があるという。以前、川西氏が381系の「やくも」に乗車した際、大半の乗客が寝て過ごしていた。川西氏の目には「豊かな車内の過ごし方ではない」と見え、273系では車内で豊かに過ごせるように選択肢を増やしたとのことだった。特急「やくも」の旅に「お気に入りの空間を見つける」という新たな楽しさが加わることになる。

車内デザインを考える際、振り子電車特有の狭い車内も障害になった。273系はカーブの多い伯備線を走行することもあり、381系の振り子方式から大幅にグレードアップした「車上型の制御付自然振り子方式」を採用している。振り子式車両ということで重心を低くした結果、天井の高さは一般の通勤形電車より200mm低くなった。

車内が狭いため、利用者に車内を広く見せる工夫も必要だった。そこで着目したのが車内の配色である。273系は車内の天井や窓周りを明るい色、床面を暗めの木目調としており、色にメリハリを付けることで、車内空間を広く見せるように工夫している。実際に筆者も車内を観察したが、まったく狭さを感じなかった。

  • グループ向け座席「セミコンパートメント」。どことなく「WEST EXPRESS 銀河」を思わせるデザインに

ここまで車内のデザインについて説明してきたが、筆者がどうしても気になったのが「セミコンパートメント」のデザインである。「セミコンパートメント」は2人用(横1列)・4人用(横2列)の向かい合わせ座席であり、座席をフラットにすることで足を伸ばして過ごせる。テーブル等は丸みを帯び、どことなく「WEST EXPRESS 銀河」と似ているような気がする。

「WEST EXPRESS 銀河」のデザインもイチバンセンが手がけたが、川西氏によれば、デザイン面で273系と「WEST EXPRESS 銀河」の間に共通点はないという。273系は外観のロゴ・シンボルマークと同様、車内も雲形を意識したデザインとなっている。一方、「WEST EXPRESS 銀河」は人が集まりやすいように丸形のインテリアを多用していることから、結果的に類似しているように感じるのかもしれない。

■最新の振り子方式、データの照合でカーブの開始位置を正確に把握

273系において技術的に特筆すべき点は、先述した「車上型の制御付自然振り子方式」の採用である。JR西日本、鉄道総研、川崎車両による共同開発で、「まったくの新技術」だという。車上の曲線データと走行地点のデータを連続して照合することにより、適切なタイミングで車体を傾斜させることが可能になる。

従来の381系は遠心力のみで車体を傾斜させるため、どうしてもカーブの出入口付近で不自然な揺れが発生した。これが乗り物酔いの原因にもなった。「車上型の制御付自然振り子方式」の採用により、乗り物酔い評価指標は最大23%改善されるという。

ところで、JR西日本が所有する特急車両のうち、「スーパーおき」「スーパーいなば」などに使用されるキハ187系も制御付自然振り子方式である。273系で採用した方式はどの点が異なるのであろうか。キハ187系は線路上に設置した地上子を通じて現在位置を検出し、カーブまでの距離を計算しつつ、カーブの前から車体が傾斜する。381系と比べて乗り心地は改善されたが、地上子は間隔をあけて置いてあるため、傾斜するタイミングが遅れる場合がある。

一方、273系で採用した新方式は、走行データとマッピングデータを照合することにより、連続的に現在位置を検出・修正できる。これにより、カーブの開始位置を正確に把握できるようになった。

  • 新型車両273系は2024年春以降、特急「やくも」に順次投入される

このように、一見するとJR西日本の従来的な特急形電車と大きく変わらないように見える273系だが、実際にはあらゆる工夫と新技術が詰まった車両となっている。昭和の時代に登場した381系から、令和の時代にデビューする273系へ、一気にレベルアップする新しい「やくも」の旅を早く味わいたいものだ。