酒向は、光秀と同じく岐阜出身で、印象に残っている台詞は「くそたわけ」だそうで「『たわけ』というのはよく名古屋でも言いますが、うちの方では“くそ”がつくんです。人を愚弄した言い方ですが、監督に方言を交えたらどうかと提案し、入れることになりました」と語る。

第27回では、信長から安土城で家康をもてなす饗応役を仰せつかった光秀が、大失態をおかし、家康たちの前で信長に蹴り倒されるという屈辱のシーンが描かれた。

「岡田さんはすごく才能のある方なので、 私の殴られ方が『早いです』と指摘してくれました。カメラアングルを考えてのことでしたが、確かにあのまま岡田さんが言ってくれなければ、視聴者の皆さんは『あれ? 殴られてないじゃない?』となったと思います。そういう時に遠慮をせずにちゃんと言えるところが、私は岡田さんの優れたところだと思います。松本さんも、私が近くにいって、むんずと器をつかんで駆け出す時、いい顔をしていらっしゃいました。『知らない』という感じで、ふてぶてしいその顔を私見た時、ああいい表情をしているなと思いました」

岡田とは、何度も共演してきた酒向だが、最近観たという岡田の主演映画『最後まで行く』(公開中)を見て新鮮な驚きを感じたそうで「すごく面白かったです」と絶賛する。

「岡田さんとは今まで3、4回ご一緒していますが、これまでは強い岡田さんしか見たことがなかったんです。『どうする家康』の信長も強いですよね。でも、『最後まで行く』では、私が見たことのない岡田さんでした。弱い岡田さんを見るのは、私にとっての楽しみでもあります。もちろん今回の信長役も、それを要求されているから強さを出していると思いますが、あの中に弱い部分がたぶんあると思います。それはまだ画面に出てこないですが、そこを僕はすごく楽しみに見ています」

また、光秀役を演じるにあたり「共感できるシーンはたくさんあります」とも話した。

「嫌味な部分や、人を見下している部分は自分にもありますし、それは人間なら誰しも持っているものだとも思います。それを出すのが私の仕事ですが、出すということは、その感情が自分の中で分かるというところまで持っていかなきゃダメなんです。分からない場合は、いくら演出からいろんなことを言われても、できません。だから自分の中にあるものであれば、どんな嫌なものでもどんどん出していきます」

光秀と同じように大勢の前で恥をかかされた経験はあるか? との問いには、「あります」と答え、劇団「オンシアター自由劇場」に所属していた頃のエピソードを語ってくれた。

「僕が劇団に入ったばかりの頃、僕が演じると先輩俳優から『下手はうつるから』と嫌な顔をされたんです。『“上手い”はうつらないのよ』とも言われました。もちろんへこみますが、このままやめたら何もすることがないですし、 もうちょっと頑張ろうとか、何かで見返してやろうとか考えるわけです。まあ、自分が好きで入った道なので、そう簡単にはやめるわけにはいかないぞという思いもありました」

ただ、光秀が本能寺の変を起こしたことについては「今とあの時代とでは、恥のかき方が全然違うんじゃないでしょうか。光秀にとってはきっと何千倍、何万倍もすごい恥だったのではないかと思います」と光秀が感じた屈辱についておもんぱかった。

次回第28回で描かれる「本能寺の変」にも大いに期待が寄せられる。

「視聴者の方々も今まで見たことがあるようなものは期待してないと思うので、一体どんなシーンになるんだろう? と思って見てもらうのがいいと思います。作り手側もそのためにやってきたと思いますので、ぜひお楽しみください」

■酒向芳(さこう・よし)
1958年11月15日生まれ、岐阜県出身。映画『検察側の罪人』(18)で注目される。大河ドラマは『龍馬伝』(10)、『軍師官兵衛』(14)、『青天を衝け』(21)に続いて『どうする家康』で4度目の出演。近作のドラマは『夕暮れに、手をつなぐ』(23)、『unknown』(23)、連続ドラマW 『フィクサー Season1』(23)など。近作の映画は『異動辞令は音楽隊!』(22)、『沈黙のパレード』(22)、『ヘルドッグス』(22)、『“それ”がいる森』(22)などで、『沈黙の艦隊』が9月29日公開予定。

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