渡辺明名人に藤井聡太竜王が挑戦する第81期名人戦七番勝負(主催:毎日新聞社・朝日新聞社)は、第5局が5月31日(水)・6月1日(木)に長野県上高井郡の「緑霞山宿 藤井荘」で行われました。対局の結果、94手で勝利した藤井竜王がスコアを4勝1敗として名人奪取に成功。谷川浩司十七世名人の持つ最年少名人の記録を塗り替えるとともに、羽生善治九段以来2人目となる七冠同時制覇を達成しました。

渡辺名人の用意は菊水矢倉

藤井竜王の3勝1敗で迎えた本局は、先手の渡辺名人が初手に角道を開けて幕を開けました。研究勝負になりがちな角換わりを避けたのは盤上における両者の合意ともいえる取引で、やがて戦型は矢倉対雁木の力戦形に。渡辺名人が制した本シリーズ第3局と類似の進行ながら、渡辺名人は右銀を5筋に腰掛けて変化をつけました。

藤井竜王が同じく5筋に銀を据えた局面で、渡辺名人は用意の作戦を披露します。7筋に守りの左桂を跳ねたのがそれで、菊水矢倉と呼ばれる低い守備体形で後手からの攻めを受けて立つ方針です。対する藤井竜王は右四間飛車に組んで先攻の構えを取りました。定跡の整備されていない局面を前に、ともに時間を使って慎重に駒組みを進めます。

渡辺名人が猛反撃でリード

対局開始から7時間後の16時頃、藤井竜王が6筋の歩をぶつけて局面が動き出します。直後の数手は必然で、ともに駒台に銀と桂を載せて局面は一段落。形勢は互角で、先攻を許した渡辺名人がどのような反撃を用意するかに注目が集まります。渡辺名人が右桂を跳ねて手を渡したところで藤井竜王が封じ手を記入し、1日目の戦いが終了しました。

立会人の田中寅彦九段が封じ手を開封して2日目が始まります。藤井竜王が選んだ先手陣への銀打ちは寝技ともいえる方針転換で、相手の攻めを急かしつつ持ち駒を蓄える曲線的な狙いが見て取れます。手番を得た渡辺名人が角切りから飛車をさばいて反撃したのに対し、藤井竜王が狙われた角を飛び出して開き直った局面が本局最大の分岐点となりました。

名人の感覚を上回った竜王の読み

ここで長考に沈んだ渡辺名人は、86分の考慮で桂打ちの王手を利かして得を図りますが、局後この方針を後悔することになりました。感想戦では素直にこの角を取っておけば不満ない進行とされました。大きな駒得ができないなら少しでも敵玉が見える展開にしようと実戦的に迫った渡辺名人ですが、本局では藤井竜王の深い読みの前にそれが裏目に出た格好です。

形勢好転を感じた藤井竜王は、力強い受けでペースをつかみます。攻めを呼び込んでおいてからサッと玉を立ったのが読みの入った対応で、「中段玉寄せにくし」の格言通りに藤井玉は広くて安全な形です。終局時刻は18時53分、渡辺名人の攻めが途切れるのを待って豊富な持ち駒で鋭い寄せを決めた藤井竜王がスコアを4勝1敗として名人奪取を決めました。

  • 勝った藤井竜王は「名人という言葉には子どもの頃から憧れの気持ちを抱いていたので感慨深い」と喜びを語った(提供:日本将棋連盟)

    勝った藤井竜王は「名人という言葉には子どもの頃から憧れの気持ちを抱いていたので感慨深い」と喜びを語った(提供:日本将棋連盟)

水留 啓(将棋情報局)

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