• 撮影:田名後健吾

    撮影:田名後健吾

加藤名人誕生から44年

1982年7月30日。第40期名人戦七番勝負の最終局が始まる日の朝。敬虔なクリスチャンである加藤一二三十段(当時)は東京・四ツ谷の聖イグナチオ教会を訪れ、ミサにあずかった。それから近くのホテルで朝食を取り、宿泊先でもあった千駄ヶ谷の将棋会館に戻って、ライバル中原誠名人と対峙した。

対局は両者得意の相矢倉となった。

「対局の心構えとして旧約聖書の『勇気を持って戦え、弱気を出すな、慌てないで落ち着いて戦う』。私はこの教えを強く意識して指し続けた」
(2015年刊『加藤一二三名局集』)

翌7月31日の朝も加藤は聖イグナチオ教会を訪れ、ミサにあずかっている。この日は奇しくも、聖イグナチオ(イグナチオ・デ・ロヨラ)の祝日だった。

中原名人が記した封じ手が開封され、2日目の対局が始まった。王者・中原名人はやはり強かった。加藤挑戦者は次第に苦しい状況に追い込まれていく。加藤は何度も『勇気を持って・・・』の教えを頭に思い浮かべた。やがて形勢は逆転。最後は中原玉に、奇跡のような勝ち筋が生じていた。

「(前略、相手の玉は)即詰みであることに気付き『あっ、そうか』と言った。(中略)名人獲得は幸運の勝利であった」
(『加藤一二三名局集』)

本日2026年7月31日。加藤新名人誕生から、ちょうど44年の歳月が流れたことになる。

対局数1位、敗数1位の偉大さ

1954年、史上最年少14歳で棋士になった加藤は、2017年、史上最年長77歳で引退した。現役生活63年の間に臨んだ公式戦の数は2505局。これは現時点で、史上1位の記録だ。

以下は現役の谷川浩司十七世名人(2386局)、羽生善治九段(2372局)が続く。両者が加藤の記録に迫る頃には、再び加藤の偉大さがクローズアップされることになるだろう。

加藤の通算成績は1324勝1180敗1持将棋。通算勝数のランキングとしては羽生、大山康晴十五世名人、谷川に次いで4位だ。一方で、敗数は史上1位となっている。こちらもまた、長くトップクラスで戦い続けてきた勲章である。

加藤と同い年で、数多くの対戦を重ねた名棋士・内藤國雄九段は加藤について、次のように語っている。

「私は14歳で奨励会に入ったんですけど。加藤さんも同じ14歳。しかし棋歴はもう問題なく、あの人が上でね。子どもの頃から『福岡のダイヤモンド』と言われてまして。加藤さんの周りだけが涼しいんですね。ひやっとしてるんです。(中略、加藤は)『僕は8割の力が出せたらいいと思って指してるんだよ』と言ったんです。それでびっくりしましてね。天才は涼しいものかという印象だったんですよ」「五十、六十になれば体力も衰えますけど、それよりも闘志が衰えるんですね。あの人はどんどん逆(さか)になってくるんです」
(2017年放映、NHK「加藤一二三という男、ありけり。」)

長いキャリアの終盤。さすがの大天才加藤も、名人位を獲得した頃のようには勝てなくなった。しかし加藤の気力は衰えるどころか、むしろさかんになっていくようにも見えた。勝負どころになると加藤は、あふれる闘志そのままに、盤が割れるのではないかと思われるぐらい、激しい駒音を立てた。

名人にまで昇りつめ、長くA級の座を保った加藤は最後、C級2組から陥落するまで指し続けた。

奇跡のマッチアップ、加藤-藤井戦

戦前から戦後にかけて無敵を誇った木村義雄十四世名人(1905-1986)は1952年、47歳の若さで引退したあとは、後進を相手に年に数度、模範対局、記念対局などを指している。そして木村は、容易には負けなかった。

加藤は十代の頃、木村に胸を借りる機会があった。五段時には香落で敗れ、七段時には平手で勝っている。これらは公式戦の扱いで、加藤の通算成績にカウントされている。

木村門下の高弟・板谷四郎九段(1913-95)は引退後、地元愛知県に拠点を置き、将棋の普及、後進の育成に努めた。

その実子・板谷進九段(1940-88)は加藤と同じ年に生まれた。板谷父子は、将棋界にあっては晩学組に属する。1958年、進が棋士養成期間の奨励会に入ったとき、加藤はすでにA級八段だった。

四郎もまた、加藤の才能を高く評価していた。後年、進がA級八段になってからも、加藤の実戦集を買って勉強しろと言っていたという。

板谷進の弟子の一人が杉本昌隆八段(1968年生)。杉本の弟子の一人が藤井聡太現六冠(2002年生)だ。

2016年。キャリア最晩年で76歳の加藤九段と、加藤の史上最年少記録を更新した14歳の藤井四段との対戦が実現した。このマッチアップもまた、奇跡的というほかない。もちろんそれは、加藤がここまで長く指し続けてこなければ、実現しなかったことだ。

そして加藤は木村義雄、板谷四郎、板谷進、杉本昌隆、藤井聡太と、五代にわたる棋士と、すべて対戦したことになる。将棋は世代を超えて対戦できる競技とはいえ、こうした例はまれであろう。

名誉十段追贈

加藤は2026年1月22日、86歳で亡くなった。通夜・告別式は、聖イグナチオ教会でおこなわれた。

加藤没後から少しして、日本将棋連盟は加藤に「名誉十段」の称号追贈を決定した。

追贈状
加藤一二三殿
棋士トシテ一線デ戦イ六十年余
類稀ナル情熱棋歴ヲ讃エ名誉十段ノ称号ヲ贈ル
令和八年六月六日
日本将棋連盟

6月6日、新しい将棋会館でおこなわれた「お別れの会」には、この追贈状も飾ってあった。

展示の中で筆者が感銘を受けたのは、加藤が生前に残した詰将棋の図面とその解説原稿だった。

加藤は多くの詰将棋を発表し続けてきた。月刊誌『家の光』では1959年、19歳のときに詰将棋の連載を開始。2024年には「同一雑誌におけるボードゲームパズル作者としての最長キャリア」がギネス世界記録として認定されている。

加藤はアマチュアのファンのために、多くの優れた実戦集、定跡書、詰将棋作品集を残した。それもまた、加藤の偉大な功績の一つだろう。

最後に加藤作の詰将棋をご紹介したい。『将棋年鑑』1968年版(創刊号)「将棋と電子計算機」という記事に掲載されている11手詰だ。当時最高クラスの性能を誇るコンピュータは36秒でこの問題を解いている。現在ならば、1秒もかからないだろう。

  • 『将棋年鑑』1968年加藤一二三作

    『将棋年鑑』1968年加藤一二三作

長い時を経て、コンピュータ将棋はおそろしく強くなった。そのコンピュータに対して、キャリアの最晩年に至っても闘志を燃やし、勝つための戦略を考え続けていたところもまた、加藤らしい。

今ごろ加藤は天国から、藤井ら後進の戦いぶりを、ニコニコしながら観戦しているのではないだろうか。

松本博文(将棋情報局)

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