第81期A級順位戦(主催:朝日新聞社・毎日新聞社)は、8回戦計5局の一斉対局が2月1日(水)に各地の対局場で行われました。このうち、名古屋将棋対局場で行われた藤井聡太竜王―永瀬拓矢王座戦は129手で永瀬王座が勝利。勝った永瀬王座は5勝3敗、敗れた藤井竜王は6勝2敗となりました。同日の対局で勝利した広瀬八段が2敗をキープして挑戦権争いに名を連ねています。

永瀬王座秘蔵の作戦

先手となった永瀬王座は角換わり腰掛け銀に誘導します。序盤早々に右金を5筋に上がったのが序盤の工夫で、この一手で実戦例の少ない形に進みました。この直後、さっそく右辺の歩を突き捨てて桂を跳ね出したのが永瀬王座の用意していた研究で、まずは永瀬王座が攻勢を取ることに成功しました。

前例のない局面を前に、藤井竜王は小刻みに時間を使って対応を考慮します。受けの時間帯が続く中でも、2筋の歩を取り込まれたときにこのと金を金で取り返したのが藤井竜王の見せた突っ張った受けでした。永瀬王座の激しい攻めを前に尋常な受けではチャンスはないと見て、2筋からの強気な反発に勝機を求めた格好です。

永瀬王座の先攻と藤井竜王の反撃

盤面右方での小競り合いが続いています。後手の藤井竜王が歩を打って飛車取りをかけたとき、先手の永瀬王座はこれを放置して桂を取る踏み込みを見せました。飛車を失うことになった永瀬王座ですが、代償に作ったと金を起点に金銀を取って駒損を回復。「と金の遅早」の格言通りの攻めで後手の焦りを誘いました。

手番を渡された藤井竜王は、手にした飛車をすぐに敵陣に打ち込んで反撃に出ます。2筋に角を打ったのは直後に金と刺し違えて先手玉を薄くする狙いですが、これに対し永瀬王座もいったんは藤井竜王の攻めを受けて立つ方針を採りました。続けて藤井竜王がと金を入って先手玉に迫ったとき、これを放置して▲5五桂と打ったのが永瀬王座の切り返し。永瀬玉はかなり危険に見えますが、一間竜の王手には銀の移動合による妙防があるためギリギリ逃れています。

終盤の難所を永瀬王座が抜け出す

激しい攻め合いの時間帯を経て、戦いは深夜を迎えています。微差で形勢をリードする永瀬王座は自玉の安全を見切って再度攻勢に転じました。立て続けに2枚の角を盤上に設置したのが好感触の攻め。次にと金の活用があっては永瀬王座からの攻めが切れなくなりました。受けていてもジリ貧と見た藤井竜王は4筋の歩を取り込んで攻め合いを望みますが、ここはいったん金を打って受ける手も有力で、感想戦でも時間をかけて検討されました。

優勢になってからの永瀬王座の指し手は正確でした。追いすがる藤井竜王の追撃を「中段玉寄せにくし」の格言通りの早逃げでかわしつつ、盤上に放った2枚の角を馬にして藤井玉を着実に追い詰めます。飛車を犠牲に後手玉に手厚い詰めろをかけたのが最後の決め手となりました。終局時刻は0時47分、攻防ともに見込みなしと見た藤井竜王が投了を告げて熱戦に幕が下ろされました。

これで勝った永瀬王座は5勝3敗となって挑戦権に望みをつなぎました。敗れた藤井竜王は6勝2敗となりました。このほか、関西将棋会館で行われた対局で斎藤慎太郎八段に勝利した広瀬章人八段が、6勝2敗の成績で藤井竜王とともに首位につけています。▲斎藤八段―△永瀬王座戦、▲藤井竜王―△稲葉陽八段戦を含む最終9回戦の一斉対局(通称「将棋界の一番長い日」)は3月2日(木)に静岡県「浮月楼」で行われます。

水留啓(将棋情報局)

  • 永瀬王座は昨年6月以来となる対藤井竜王戦の勝利を挙げた(写真は第93期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負第1局のもの 提供:日本将棋連盟)

    永瀬王座は昨年6月以来となる対藤井竜王戦の勝利を挙げた(写真は第93期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負第1局のもの 提供:日本将棋連盟)