「こんなときになんですが、私、嫁をとることになりました」と義時(小栗旬)。大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(NHK総合 毎週日曜20:00~ほか)の第34回「理想の結婚」(脚本:三谷幸喜 演出:中泉慧)では、義時が3度目の結婚を考えた。

  • 『鎌倉殿の13人』義時役の小栗旬、初役の福地桃子、泰時役の坂口健太郎(左から)

ホームコメディ色が最近の回のなかでは多めながら、水面下ではドロドロしたものが流れていた第34回。例えば、前妻・比奈(堀田真由)と別れてまだ間もないのにもう再婚と聞いて「比奈さんを追い出しておいてもう新しいおなごですか」と父に嫌悪感を覚える泰時(坂口健太郎)には『ハムレット』味がある。ハムレットは母が父亡き後、すぐに再婚(しかも父の弟)としたことに不満を感じ、そこから悲劇がはじまるのだ。

『鎌倉殿の13人』にはシェイクスピアを思わせるところがちょいちょいある。大姫(南沙良)と義高(市川染五郎)の悲恋は『ロミオとジュリエット』、比企能員(佐藤二朗)と妻・道(堀内敬子)は『マクベス』のマクベス夫妻のように妻が夫をそそのかし野心を燃やさせ、善児(梶原善)が『リア王』のように王様(義時)の影のような存在だったが物語の途中で消えてしまい……とシェイクスピアの要素が目白押し。それだけ、シェイクスピアは大衆が心惹かれるエピソードの宝庫なのだと思うし、三谷幸喜氏も同じく大衆の心を熟知しているのだと思う。

ちなみに、第33回で退場した頼家を演じた金子大地は、9月16日から上演されるシェイクスピアの『ヘンリー八世』に出演することになっていて、義時役の小栗旬と和田義盛役の横田栄司は12月26日から上演される『ジョン王』に出演する。11月7日からリニューアル版が上演される三谷氏の出世作ともいえる『ショウ・マスト・ゴー・オン』のオリジナル版は『マクベス』を上演中の舞台裏の物語である。何かとシェイクスピアなのである。

さて、義時の3人めの妻に選ばれたのえ(菊地凛子)。彼女について義時が八田知家(市原隼人)に相談したとき、「裏にはもうひとつ別の顔があることもございますが」と疑う義時に「裏表なし あれはそういうおなごだ」と八田は太鼓判を押した。

義時が「裏にはもうひとつ別の顔が」と気にするのは自分がそうだからだろう。たぶん義時はなかなか人を信じないであろう。その義時が心を動かしたきっかけは、贈ったキノコをのえが喜んだから。たぶん人のことはなかなか信じない義時が唯一(?)信じて疑わない「おなごはキノコが好き」説。過去、八重(新垣結衣)はキノコを好まず、その説を吹き込まれた泰時が初(福地桃子)に贈っても興味も示さなかった。それが、のえはキノコを喜んだのである。再々婚に気が進まない義時だったがこれで心が動く。なんだろう、この素朴な展開は。人を陥れ殺戮が繰り返されている物語とは思えない。このギャップが『鎌倉殿』の魅力である。

ところがのえには裏の顔が……。義時も義時だが八田はまったく見る目がなかった。ちなみに八田はこの頃(実朝〈柿澤勇人〉が鎌倉殿になった1203年頃)、60代らしい。義時は40代……。頭が混乱する。

話を戻そう。もしかして、北条家の重苦しい状況に耐えられるのはのえのように図太い人物のほうがいいと義時は判断したのかもしれない。能員の妻・道や時政(坂東彌十郎)の妻・りく(宮沢りえ)のしたたかさを見ればそう思うのも無理はない。政子(小池栄子)や実衣(宮澤エマ)とも対峙していかないとならないのだから、メンタルが強靭でないと。

八重、比奈、のえ……とだんだんたくましさが増している。八重は完全に理想の女性。比奈は強いうえに義時に夢中だったから都合も良く比企に対して利用もできた。のえは図太いうえに13人の御家人のひとりで頼朝の家系にもつながる二階堂行政(野仲イサオ)の孫である。朝廷とのやりとりに欠かせない存在。キノコ問題とか比奈の残した幼い2人の子供の面倒を見る人物が必要とかそういうことは重要ではなく、北条家としては必要な要素を持っているのだ。

陰謀渦巻く義時の再々婚問題と並行して描かれる実朝の結婚問題。彼が誰と結婚するかも重要事項である。それを義村(山本耕史)の女性扱い講座で笑いのベールにかける。おなごには常に全力を尽くすと語る背後に「天命」と書いてあるのは大河ではかなり笑いに関して攻めたほうだと感じる。「天命、私の好きな言葉です」と山本耕史に言ってほしかった。

結婚問題やそれによってますます悪化する義時と泰時の確執など、現代でもありそうな人間関係。800年ほど前のことなんてわかるはずもないけれど、いささか疑問なのは、当時の人はこんなに結婚に関して情があったのだろうかということだ。何も考えず、家系を絶やさないために結婚し子供を作っていたのではないだろうか。なかには泰時のように現代的な倫理観に目覚める人もいたかもしれないが。そういう意味では、和田義盛は妻がいたにもかかわらず、まるでいなかったかのように巴御前(秋元才加)とすっかり仲睦まじく、それがまったく咎められないことが個人的に釈然としないのだが(『鎌倉殿』のなかで唯一引っかかっている)、本来はこれが当たり前で、義時にだけ倫理感の面での配慮があるのが特殊である気もしないでない。ただ坂東武者は京都の人たちと違って、複数の妻を持たないと序盤で言っていたのだが……。

義時の再々婚問題がメインで、彼の人間臭い素朴な表情が見どころだった第34回だが、その合間に時政とりくの息子・政範(中川翼)が京都で謎の死を遂げるというあやしい出来事も起こる。政範が平賀朝雅(山中崇)に案内されたときの赤い紅葉が暗喩的だった。

これまでは義時が頼朝周辺で暗躍しているふうだったが、三代目鎌倉殿時代になって北条家の周辺にどんどん敵が湧いてきている。北条家公式記録『吾妻鏡』と記述が違う『愚管抄』を記した慈円(山寺宏一)は朝廷と繋がっているから、北条家と朝廷の関係性を思うと『愚管抄』もバイアスが多分に入っていそうな気もする。今後は朝廷との関わりがますますスリリングになってクライマックスに控える承久の乱へと着々と向かって行くのだろう。

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