東京藝術大学は2月15日、同校が目指す「SDGsビジョン」をウェビナーで発表した。SDGsが掲げる17の目標には含まれない「芸術」だが、社会にはどのように貢献できるのだろうか。日比野克彦氏(東京藝術大学美術学部長)らが思いを語った。

  • 藝大が目指す「SDGsビジョン」とは?

藝大のSDGsビジョン

司会を務めた国谷裕子氏は、東京藝術大学では2021年6月にSDGs推進室を立ち上げて以降、芸術とSDGsの関わりについて議論してきたと明かす。全学的な取り組みにするため、各部局から代表者が集まるSDGs企画運営委員会で話し合いを重ねてきたという。そして「これから発表する内容も、学内で広くヒアリングしてまとめたものです」としたのち、澤和樹氏(東京藝術大学長)がSDGsビジョンを発表した。

  • 東京藝術大学のSDGsビジョン

藝大のSDGsビジョンには「SDGsが掲げる社会変革に貢献する」「社会との結びつきを強化する」「持続可能な大学を目指す」「芸術と社会の架け橋となる人材を育成する」の4つの柱を掲げた。

「SDGsが掲げる17の目標のなかに、『芸術』の文字はひとつもありません。それは、17の目標すべてに芸術が接続すべき必要と出番があるということです。芸術活動は、人間が人間たる所以。そして人間はこの10年で、既存の価値観を大きく転換させなくてはなりません」(澤学長)。社会変革の種を『藝』(う)える『術』(すべ)を持つ東京藝術大学では、『世界を変える創造の源泉』として、豊かで幸福、持続可能な社会を実現する役割を果たします、と宣言した。

ギヤをアートに入れろ

芸術とSDGsの関係について聞かれた日比野氏は「人間はこれだけ長い間、地球で生き延びてきました。生物のなかで王者になった錯覚に陥り、宇宙の謎さえも解明して、すべてをコントロールできる気になっていた。そんな真っ只中に『あれ』と異変に気が付き、あわててアクセルからギヤを変更しようとして『どのギヤだ』と混乱し、この緊急事態に宇宙船がブルブル震えている。そのギヤは、アートに入れることで絶対に安定するんです。人間は1人でできないことを分業、分析、解析して、次の世代に代々伝えることで、地球を征服した気持ちになっていた。でも分析できない、数値化できないものもある。そこで、アートを専門にしている私たちが、きちんと『SDGsのなかにも芸術の心を入れていかないとSDGs自体が持続できないよ』と発信するべき。すべての分野に芸術の本来の力はあるんです」と説明。藝大のSDGsビジョンのなかには、社会の認識も変えていくということも含まれている、と持論を語った。

  • (左から)国谷裕子氏(東京藝術大学理事、SDGs推進室長)、澤和樹氏(同大学長)、日比野克彦氏(同大学美術学部長)、杉本和寛氏(同大学音楽部長)

すると澤学長も「人間は科学技術を発展させるとき、様々な事象の分析を中心にやってきました。そこが行き詰まってしまう原因のひとつは、芸術と一緒にやってこなかったから。地球のすべてを知っているという人間の傲慢なマインドを変えていかなくてはいけない」と呼応。

そして、SDGsに芸術を取り入れることは人間性を取り戻すことであり、国境や人種を超越して共通の感情を呼び起こす芸術の力こそ、地球規模の問題解決に必要とされると説明した。これを受けた杉本氏は、アートに関わる人間の自由さが生み出す楽しさ、「そもそも人間ってそうだよね」という類の気付きは、旧来型の(人類発展の)発想に欠けていたと指摘。藝大、ひいては芸術に関わる人間のアイデアが今後、社会の暴走に歯止めをかけてくれるのでは、と期待した。

このあと国谷氏は「芸術が社会課題を解決していくと、社会にはどう説得していくのか」と問題提起する。

これについて日比野氏は「SDGsのなかに『芸術』の文字はないけれど、数値目標がたくさんあります。数値達成のためには芸術が必要なんだ、と我々は主張していますが、当然ながら数値化する必要も出てくるでしょう。いま様々な大学の研究機関では、感情を数値化する、感動を視覚化するといった研究がされています。そこでは、脳波を計測したビッグデータなどを取り扱っている。そうした機関と連携した取り組みを進めていきます」。第4期を迎える藝大では『共創の場』をもうけ、外部のステークホルダーと協力して社会課題を解決していくと主張した。