2021年の鉄道業界最後のビッグニュースは四国から。12月25日、徳島県と高知県をまたぐ阿佐海岸鉄道が、世界初のDMV運行路線として再出発した。運行初日の開業式典と、翌日に室戸町で開催された歓迎式典を取材した。

  • 道路と鉄道を直通できるDMV(デュアル・モード・ビークル)が運行開始

阿波海南文化村ホールで行われた開業式典で、徳島県知事の飯泉嘉門氏による話が興味深かった。2003年の知事就任当初、JR四国に「なぜ徳島県内で完結する牟岐線の特急の名前が『むろと』なのか。徳島県にゆかりのある名前にしてほしい」と伝えた。それに対する返答が、「『むろと』は国鉄マンのロマンなんです」だった。いつか阿佐線が開業し、徳島と高知は室戸市経由で結ばれる。その列車名として「むろと」があると。

JR四国とJR北海道は技術的交流があった。JR北海道が振り子機構付き特急形気動車キハ281系を開発したとき、JR四国の特急形気動車2000系が手本になった。2000系は世界で初めて振り子機構を備えた気動車だった。その縁もあって、JR四国の案内で飯泉知事がJR北海道を訪れ、苗穂でDMVを見た。これなら室戸へ直通できる。四国の「国鉄マンのロマン」が実現すると思ったという。

  • 阿波海南文化村で開業記念式典を開催

ただし、現実的には、徳島県も出資する阿佐海岸鉄道の維持費を削減したいとの意図が大きい。阿佐海岸鉄道の沿線は「四国の右下」と呼ばれる地域にある。この地域は南海トラフ地震で高波被害が予想されている。海沿いの国道55号が被災した場合、山側にある阿佐海岸鉄道のトンネルと高架線が交通ルートになる。だから廃止するつもりはない。DMVなら鉄道と道路のどちらも走れるから災害時に役立つ。しかし赤字は減らしたい。

そして、JR北海道など鉄道事業者が断念したDMVを成功させることで、観光事業として地域活性化も狙える。災害が起きる前は経費を減らしつつ、観光アイテムとして生かそうというわけだ。

こうして、阿佐海岸鉄道はDMV運行路線に生まれ変わった。もともと海部~甲浦間の路線だが、海部駅は高架で道路との接点がないため、JR牟岐線の阿波海南~海部間を譲り受け、阿佐東線に組み込んだ。高架の甲浦駅の終端からループ状のスロープを作り、停留所に変更した。運行区間は海陽町の観光文化拠点「阿波海南文化村」から、同じく海陽町の「道の駅 宍喰温泉」まで。鉄道モードと道路モードを切り替える「モードインターチェンジ」は阿波海南駅と甲浦駅(停留所)に設置された。鉄道路線としては、複線化、複々線化、立体交差に匹敵する大改造だと思う。

開業式典では、来賓の挨拶に続き、「DMVのうた ~世界初に乗ろうよ~」のキッズダンスが披露された。心に残るリズム。作詞作曲はわたなべだいすけ氏、歌唱はわたなべ氏がボーカルを担当するD.W.ニコルズ。DMVはどんな乗り物で、どこを走って……と上手に説明され、「なんで走るの? みんなを笑顔にしたいからさ」という歌詞もある。うん、それでいいよな。小難しい理屈より、みんなが楽しく乗れればいい。この歌と海陽愛あいクラブキッズダンスチームのダンスは、徳島県海陽町の公式YouTubeチャンネルで視聴できる。

  • 「DMVのうた ~世界初に乗ろうよ~」を披露

  • 「海南太鼓」はモードチェンジのBGMに採用されている

ダンスの次は、徳島県立海部高校郷土芸能部による「海南太鼓」の演奏。海南太鼓は1990年に結成されたチームで、伝統芸能というより創作和太鼓楽曲。平成から始まる新たな伝統づくりだという。勇壮な演技、懐かしくも新しいリズム。楽曲のひとつに「DMVモードチェンジのテーマ」があり、DMVのモードチェンジ中に車内放送される。モードチェンジのBGMはロボットアニメの効果音のようなものを予想していたが、太鼓とは面白い。モードチェンジで車体前部が上下するとき、なんとなく勇壮な漁船を連想する。

式典は屋外へ続く。快晴の空の下でテープカットが行われ、無数の風船が空高く舞い上がる。出席者の中にはJR北海道の代表取締役社長、島田修氏の姿もあった。JR四国、徳島バス、高知東部交通、土佐くろしお鉄道など、ライバルであり、共存共栄していく交通事業者の代表者も。徳島県海陽町長で阿佐海岸鉄道の代表取締役社長、三浦茂貴氏の合図により、第1便が出発すると、大勢の関係者や報道陣、市民らが見送った。

阿波海南文化村では、阿佐海岸鉄道がグッズを販売するほか、郵便局が記念切手を販売。沿線各地の特産品販売ブースも出展していた。ゆるキャラも登場し、こどもたちも楽しそうだった。一方、式典の後片づけは早い。第1便が12時26分に出発し、終点の「道の駅 宍喰温泉」まで約25分。数分後に折り返し、13時53分に戻ってきたとき、すでに装飾アーチは撤収されていた。意外と呆気ない。

■観光地のアトラクションとして楽しい乗り物に

DMVは高速バス予約サイト「発車オーライネット」で2カ月前から予約でき、当日に空席がある場合だけ予約なしで乗車できる。観光列車のような扱いで、バス予約サイトの扱いという点も面白い。たしかに「道路も走れる列車」と言うより「線路も走れるバス」のほうがわかりやすいかもしれない。

ただし、日常の交通手段として要予約は面倒だ。開業日と翌日は完全予約制、第1便と第2便は抽選となっていた。これは特別扱いで、つねに予約で満席とは限らない。鉄道専門時代から日常的な乗客が少なかったとはいえ、バスモード区間ができて沿線の人々も乗りやすくなったはず。今後の乗車方法の扱いが気になった。

熊本県と日本航空の包括契約で、今回のイベントも日本航空のサポートがあった。第1便と第2便は特設の乗り場から出発し、乗客には日本航空の女性社員から記念品が進呈されていたようだ。第1便が上り便として戻ってきて、第3便として発車するときには本来の停留所からの出発となった。12月25日は土曜日で、普段の休日はこのような風景になるのだろう。

筆者はその次、阿波海南文化村を14時14分に出発する151便を予約していた。この便は臨時ダイヤで運行され、平日に2往復、休日に3往復設定されている。もちろん運行初日はフル稼働である。筆者の席は最後部の左側。下り便では海が見える窓際だった。車内はほぼ満席だが、キャンセルが数席あったようだ。前日までこの日は雨、翌日は四国から東海地域にかけて雪も予報されていたため、遠方からの予約キャンセルは仕方ない。

  • DMVに乗車、バスモードはまるでバスみたい(当然)

阿波海南文化村を出発した151便は、バスモードで阿波海南駅へ。発車後にモードインターチェンジで停まり、海南太鼓を聞きながらモードチェンジを行った。作業が終わると、運転士が降りて、鉄道車輪がレールに乗っているかを指差確認する。モードチェンジ自体は15秒だが、この作業を含めると約1分といったところ。

バスは列車に変わり、線路上を行く。鉄道区間は高架とトンネルだから、車内の景色はそのままに、車窓風景はがらりと変わる。この差も面白い。晴天の青い海が見えた。

乗り心地も独特だ。前後に鉄道車輪を抱えているからか、バスモードは動作に重みがある。カーブではマイクロバスよりも横揺れが大きい気がする。一方、鉄道モードでは横揺れがぴたりと収まった。その代わり、鉄道車両と比べて縦揺れを感じる。バスモードに合わせたサスペンションで、乗り心地を重視したからかもしれない。

  • 鉄道モードは2軸レールバスのような走行音が楽しい

甲浦に付くと、鉄道駅だった場所でモードチェンジが行われ、バスに戻る。このときは運転士の降車確認がなく、スムーズに走り出す。市街地を走行することで、生活感のある景色になった。「海の駅 東洋町」からの国道55号も海沿いだから、進行方向左側の乗客も海の景色を楽しめる。終点の「道の駅 宍喰温泉」には、定刻の14時49分に着いた。

■翌日、室戸市でも大歓迎

翌日、12月26日は室戸岬方面の第1便が運行された。「海の駅 とろむ」行は土休日に1往復の設定で、阿波海南文化村を10時57分に発車する。昨日の出発式は午後だったから、今日が営業初運行となる。筆者は車で先回りした。「海の駅 とろむ」では、DMVの到着に合わせ、2年ぶりに「むろとまるごと産業まつり」が開催された。筆者が到着した頃には餅つき大会が開催され、たくさんの市民が並んでいた。飲食店や特産品の出店も多く、食べ歩きも楽しい。

DMVの到着を前に、室戸市長、地元選出の国会議員らが登壇して歓迎式典が始まった。室戸市長の歓迎の挨拶が熱かった。なんと、世界で鉄道が発明され、日本で鉄道が開業し、世界初の新幹線が……と、鉄道の歴史を披露。何の話かと思ったら、そこから「世界初のDMVが、この室戸市にやってくるのです」と続く。かなりうれしそうに見えた。

  • 室戸市で行われた歓迎式典の様子

前日の徳島県知事の言葉を思い出した。「特急『むろと』は国鉄マンのロマン、いつか室戸に……」。まるでその言葉に呼応するようなスピーチだった。

そう。徳島県がDMVを願っていた以上に、室戸市は国鉄阿佐線に期待し、待ち続けていた。国鉄阿佐線は1922(大正11)年に改正鉄道敷設法で定められ、1959(昭和34)年に建設線に昇格した。しかし1980(昭和55)年、国鉄再建法によって工事が中止された。

DMVという特殊な形態とはいえ、鉄道のない室戸市にとって、列車の到着は「100年の悲願」ともいえる。いままでDMVは徳島県のプロジェクトとして見られがちで、高知県側から目立った動きがなかっただけに、室戸市の歓迎ぶりは予想外で、筆者もうれしかった。

定刻より数分遅れて、真っ赤なDMVがやってきた。こちらも太鼓の演奏で出迎えられた。1994年に結成された「土佐室戸勇魚太鼓」は、室戸の捕鯨300年の歴史の中で、古文書に記された「勇魚太鼓」を再興する主旨で活動しているという。室戸行第1便の降車客に記念品が手渡され、折返し便として13時35分に発車するまで、DMVは見学者に解放された。解説は阿佐海岸鉄道を実際に取り仕切る井原豊喜氏。鉄板を置いて車輪を降ろす様子も紹介していた。

  • モードチェンジの実演が行われた

徳島県へ帰るDMVを室戸市の人々とともに見送り、筆者の取材も終了した。マグロの解体ショーなど見物し、天ぷらそばで体を温めてほっとひと息。DMVの運行と沿線地域の発展を願った。

DMVはモードチェンジだけでも面白いが、乗ってみたら鉄道モードとバスモードの印象がかなり違っていて興味深い。乗り物全般が好きなら、わざわざ乗りに行くだけの価値はある。現地までの交通が不便だが、それも旅の楽しみだと思う。鉄道ファンだけではなく、たくさんの人々にDMVを体験してほしい。