マネ―スクエアのチーフエコノミスト西田明弘氏が、投資についてお話しします。今回は、米国の金融政策について解説していただきます。


世界中で物価(インフレ率)が高騰しています。いうまでもなく、新型コロナの影響でサプライチェーンに障害が発生、物流が停滞して原材料価格が高騰、労働力が不足。一方で、給付金などの財政出動や行動制限の解除などによって消費は旺盛。需要と供給のバランスが崩れて物価上昇圧力が高まっているからです。

日本でも11月の企業物価指数が前年比9.0%上昇と、石油ショック以来約40年ぶりの高い伸びを示しました。一方で、10月のCPI(消費者物価指数)は前年比0.1%上昇と辛うじてプラス。日本だけ「蚊帳の外」の印象です。

米国では11月のCPIが前年比6.8%と、先進国の中でも高い伸びを記録しました。米国の中央銀行にあたるFRB(連邦準備制度理事会)は、「高インフレは一時的」との立場を取ってきましたが、さすがに容認できなくなってきたようです。

消えた「一時的」の文言

12月14-15日に開催された、FRBの金融政策を決定するFOMC(連邦公開市場委員会)では、声明文から従来の「(高インフレは)一時的」との文言が消えました。FRBは昨年から2%の物価目標を柔軟化しています。それは2%を下回る期間が続けば、その後に2%をやや上回っても容認して一定期間の平均が2%になるよう目指すというものです。しかし、今回の声明文ではその説明に当たる箇所も削除されました。物価の上振れはもはや容認できないということかもしれません。

テーパリングは2倍速へ

FOMCは11月にQE(量的緩和)を段階的に縮小して終了するテーパリングの開始を決定しました。当初の予定は11月に開始して22年半ばに完了するというものでした。しかし、今回の決定ではテーパリングのペースを2倍に加速させます。順調にいけば22年3月にテーパリングは完了する見込みです。

FOMCでは、テーパリングが完了したのちに利上げを開始するのがコンセンサスです(ただし、両者の間隔が短いとは限らない)。したがって、テーパリングの加速はそれだけ利上げのフリーハンド(裁量余地)を早く手に入れたいとの意思の表れでしょう。

「ドット・プロット」が示唆する政策金利の行方

テーパリングを2倍速にするのは市場で予想されていました。マーケットで言うところの「織り込み済み」です。市場が驚いたのは、「ドット・プロット」で22年中に3回の利上げ(1回につき0.25%と想定)が示唆されたことです。「ドット・プロット」とは、FOMCに参加する当局者18人の政策金利見通し(22-24年末の水準と長期予想)を1人につき1つのドット(点)でプロットしたもの。あくまで個人的な予想ですが、市場はその中央値をFOMCのコンセンサスとみる傾向があります。

「ドット・プロット」の中央値に基づけば、22年の利上げ3回に続いて、23年にさらに3回、24年に2回の利上げが予想されています。「長期」の予想が2.5%で、これは景気を加速も減速もさせない中立水準(均衡金利)と考えられますが、24年にはこの水準を上回る政策金利を予想したのが5人いました。それだけ24年までには景気にブレーキをかける必要が生じると考える参加者がいるということでしょう。

タカ派に転じたパウエル議長

FOMCの後に行われたパウエル議長の記者会見でも、興味深いポイントがありました。議長はオミクロン株への懸念を示しつつも、「個人消費は非常に強い」、「労働市場の強さを示す自発的離職率からみて、現在は(少なくとも短期的な)最大雇用に接近している」など、景気に対してかなり強気でした。そして、「最大雇用に達する前でもインフレに対応して利上げすることはありえる」とタカ派ぶりを示しました。

以前は、パウエル議長はFOMC全体の中でややハト派寄りとの印象でしたが、今回の会見を見る限りFOMCの考えを体現しているかのようでした。面白いことに、タカ派への転換はバイデン大統領による議長再指名と関係ないかとの質問を受けて、「それは無関係だ」と否定しました。ただ、スタンスを変更したことは否定しませんでした。

「ビハインド・ザ・カーブ」ではないのか

また、会見で「ビハインド・ザ・カーブ(※)ではないか」と問われて、パウエル議長は「決してそうは思わない」と反発しました。当局者である以上、手遅れであると認めるはずはありません。

(※)「ビハインド・ザ・カーブ」とは金融当局の政策対応が後手に回ること。例えば、景気回復局面で利上げが遅れて市場のインフレ懸念が高まり、長期金利が上昇してイールドカーブ(利回り曲線)が右上がりの急勾配になること(スティープニング)。逆に、景気減速局面で利下げが遅れて景気後退懸念が高まり、長期金利が低下してイールドカーブが過度に平たんになり(フラットニング)、行き過ぎて逆イールド(短期金利>長期金利)になること。

質問した記者の意図は、コロナ対応の強力な金融緩和を長く続け過ぎたことがインフレ高進を助長したのではないかということでしょう。ところが、最近は短期金利(2年物国債利回り)が大きく上昇する一方で、長期金利(10年物国利回り)はさほど上昇しないか、あるいは低下しており、結果としてイールドカーブ(利回り曲線)はフラットニング(平たん化)しています。それは、利上げが行き過ぎて景気を鈍化、あるいは腰折れさせると市場が予想していることを示唆しています。まだ一度も利上げしていないのに……。

今後、経済や物価の状況がどう変化し、FRBの金融政策がどう運営されるのか。そして、それを市場がどう受け止めるのか。非常に興味深いところです。