マネ―スクエアのチーフエコノミスト西田明弘氏が、投資についてお話しします。今回は、ルコリラの急落について解説していただきます。


  • 米CPI(消費者物価指数)コア

9月以降にジリジリと値を下げていたトルコリラが11月後半に入って急落しました。11月15日には心理的に重要とみられていた1米ドル=10リラを突破、23日には一時13.45リラまで下落しました。

リラ安の背景は、インフレが高進するなかで、TCMB(トルコ中央銀行)が9月以降の3回の会合で合計400bp(ベーシスポイント=1/100%)の大幅な利下げを行ってきたことです。政策金利は19.00%から15.00%に低下しており、これはインフレ率(10月の消費者物価は前年比で19.89%)を大きく下回っています。インフレ抑制のために本来なら利上げが必要なところでTCMBが真逆の動きをしていると金融市場は判断しています。

トルコのエルドアン大統領は従来から「高金利がインフレを招いている」「金利を下げればインフレは沈静化する」と主張しており、金融政策にあからさまに介入しようとしてきました。TCMBは政治からの独立性を疑問視され、市場からの信用を失っています。とりわけ、現在のような高インフレ下で中央銀行がインフレを制御できないと金融市場に見切られれば、通貨は下落するのが必然かもしれません。

発端は中央銀行総裁の解任

トルコリラは対米ドルで年初来42%下落しており(11月23日時点)、主な新興国通貨の中でも飛び抜けて下げ幅が大きくなっています(下げ幅2番目はアルゼンチンペソで16%の下落)。そして、リラの下落の全てが3月22日以降に起こっており、アーバル総裁の解任に端を発しています(※)。

アーバル総裁は20年11月の就任後に大幅な利上げを敢行してそれまでのトルコリラ安を反転させましたが、3度目の利上げ直後に在任4カ月で解任されました。そして、利上げに対して批判的だったカブジュオール氏(元与党議員、エコノミスト、コラムニスト)が後任に指名されました。カブジュオール総裁が最初の利下げを行ったのが9月23日。就任から最初の6カ月間は政策金利を据え置きましたが、その間にエルドアン大統領から強い利下げ圧力があったことは想像に難くありません。

(※)さらに遡れば、2016年7月のクーデター未遂事件によって、エルドアン大統領が政敵を粛清して専制政治を強めたことが、金融政策にも積極的に圧力をかけるようになった遠因とみることもできそうです。

2016年7月22日付け「クーデターは『神の恵み』? トルコはどこに向かおうとしているのか」をご参照ください。

中央銀行に通貨下落を阻止する意思はあるか

エルドアン大統領は11月22日の閣議終了後に、インフレ抑制の名の下での高金利や通貨高の政策を放棄し、投資、輸出、雇用創出を優先目標とする旨の発言まで行い、リラ安に拍車をかけました。

同23日には、エルドアン大統領とカブジュオールTCMB(トルコ中銀)総裁が会談したとの報道もあり、TCMBはリラの過大な変動を警告する声明を発表しました。声明は「(足もとのリラ安は)非現実的であり、経済ファンダメンタルズから完全にかい離している」と指摘しました。

ただ一方で、「TCMBは変動相場制を採用しており、特定の為替レートの水準にはコミットしていない。特定の条件の下でTCMBは過度な変動に対して市場介入する可能性はあるが、それは相場の方向性を目標にするものではない」とも述べ、リラ安を阻止しようとの強い意志が感じられない内容でした。

12月の会合で「利下げ停止」も?

11月24日以降、リラはやや値を戻しています。相場急落後によくみられる小休止かもしれませんが、先行きは予断を許しません。11月18日の政策会合で利下げを決定した後、TCMBは次回12月16日の会合で利下げの停止を検討すると予告しました。しかし、金融市場は半信半疑、どころか全く信じていません。TCMBは金融市場が好感するアクションを起こすことができるのか大いに注目でしょう。

メキシコペソに飛び火?

トルコリラが下げ止まりをみせた11月24日、今度はメキシコペソが大幅安となりました。背景は、ロペスオブラドール大統領が次期中央銀行総裁人事に関して、6月に発表したエレラ前財務・公債相の指名を突如として撤回して、ロドリゲス財務副大臣を指名したことです。ロドリゲス氏はメキシコシティ公債長官など財務畑が長く、金融政策に関する経験が不足していると指摘されています。そのため、大統領に忖度して政策を運営するのではないかとの懸念が出ています。中央銀行の独立性が疑問視された場合にその国の通貨が売られる事例は、トルコリラが示したばかりです。

方向性の違い: TCMBは利下げ、BOMは利上げ

TCMB(トルコ中央銀行)とBOM(メキシコ中央銀行)の違いは金融政策の方向性です。インフレ率が高まる中で、TCMBが9月以降に大幅な利下げを行う一方で、BOMは6月以降に4回計100bpの利上げを行ってきました。それでもBOMの利上げは不十分との見方があります。現在の政策金利は5.00%、10月のCPIは前年比6.24%なので、実質金利(名目金利-インフレ率)はマイナスです。25日に公表された政策会合の議事録(11月11日開催分)では、メンバーの1人が、インフレ見通しに基づけば50bpの利上げが必要であるものの、大幅な利上げは市場を動揺させるとの懸念を表明したことが明らかになりました。

試される新中央銀行総裁の手腕

BOMは次回12月16日の政策会合で5回連続での利上げを決定するのかどうか。ただ、それ以上に22年1月1日に就任予定(議会の承認が必要)のロドリゲス次期総裁の手腕が注目されるでしょう。大統領による指名後に、ロドリゲス次期総裁は「インフレと戦い、外貨準備には手を付けず、中央銀行の独立性を守ることにコミットする」とツィートしました。インフレなどの状況によっては、市場から新総裁の決意を試す動き(ペソ売り?)がみられるかもしれません。