俳優の吉沢亮が渋沢栄一役で主演を務める大河ドラマ『青天を衝け』(NHK総合 毎週日曜20:00~ほか)で、時代が違う徳川家康(北大路欣也)がなぜずっと出演しているのか、1916年に出版された渋沢栄一の代表作『論語と算盤』を読めばその理由がわかる。

  • 大河ドラマ『青天を衝け』で徳川家康役を演じている北大路欣也

栄一(吉沢)が銀行頭取になった。10月31日に放送された第33回「論語と算盤」(脚本:大森美香 演出:田中健二)では“近代日本経済の父”と呼ばれる栄一が「経済」をどのように捉えていたかが描かれた。それはサブタイトルそのものの「論語」と「算盤」の融合である。

渋沢栄一の代表作『論語と算盤』は渋沢の談話を口述筆記してまとめた本で、現在世の中には、漢文で書かれたままのものから読みやすい現代語訳、さらに読みやすい漫画版まで様々な形で出版され、いまだに多くの人たちに読み継がれている。

孔子の説いた「論語」(これもまた弟子が孔子の言葉を書き記したもの)は人がいかに生きるべきか――栄一の認識によれば「己を修め 人に交わる常日頃の教えが説いてある」もので、「算盤」は世の中をお金で動かしていく経済活動の象徴。本来「論語」と「算盤」は交わらないが、渋沢は交わらせようと考えていた。利益追求に走り過ぎることなく道理の範囲で行い、経済活動は世のためになることをするべきと。

漢文だとわかりにくいので、現代訳のほうで紹介しよう。例えば渋沢栄一は「~『商才』というものも、もともと道徳を根底としている。不道徳やうそ、外面ばかりで中身のない『商才』など、決して本当の『商才』ではない」と説いている(現代語訳『論語と算盤』(筑摩書房)より)。

栄一がなぜこういう考え方をするようになったか。『青天を衝け』では家庭環境の影響として描いているように見える。長らく丁寧に栄一の父や母の慎ましい生き方と彼らの言葉(例えば「あんたがうれしいだけじゃなくて、みんながうれしいのが一番なんだで」)を描いてきた。栄一が両親の道徳的な考えに育てられたからこそ、折につけ噛み締め何があってもそれを忘れることなく行動の指針にしてきたのだろうとドラマからは読み取ることができる。

ちなみに、大隈重信(大倉孝二)に「人の話は我慢して聞け、大声で怒鳴るな、せっかちは厳禁、嫌いな人ともきちんと付き合え」と助言の手紙を書いた五代友厚(ディーン・フジオカ)が、大久保利通(石丸幹二)と碁を打ちながら「彼を攻めるには我を顧みよ」と言っているのは、「囲碁十訣」は唐の時代の碁の名手・王積薪による囲碁十ヵ条。昔の日本人は歴史ある中国の偉人の言葉を勉強していた。渋沢栄一はいち早く欧米の技術や考えを学んで取り入れながらも東洋の教えも捨てがたいと考えていた。彼にとって近代化=西洋化では決してなかったのである。

かの徳川家康の教え「神君遺訓」にも孔子の影響があることを渋沢栄一は『論語と算盤』で書いている。『青天を衝け』に時代の違う徳川家康が出続けて来たのはこのために違いない。でも、この回、残念ながら家康は出てこない。五代の「大声で怒鳴るな、せっかちは厳禁」なども元をたぐれば孔子の教えから来ているのではないだろうか。

徳川家康はこの回に出て来ないが、徳川慶喜(草なぎ剛)が登場した。栄一が静岡に慶喜に会いに行くと彼は洋装の狩猟ルックでお出迎え。なかなかお似合いだし、すっかり社会の中心から離れリタイアした人の雰囲気が見事に出ている。

慶喜の妻・美賀子(川栄李奈)は栄一に、円四郎の妻やす(木村佳乃)が尋ねて来て今の世を憂いていったと告げる。新しい時代が来たものの民の生活がよくなっていない。命を賭けて国を良くしようとしてきた人たちの想いを引き継げていないという嘆きを聞いた栄一は、自宅に帰ると改めて「論語」を読み返す。「途中で尊皇攘夷にかぶれてしまって(論語を読まなくなった)」と千代(橋本愛)に自嘲気味に言う栄一。外国で、婦人たちが貧しい人のための義援金集めをしていたことと母ゑいのことを重ねて思い出し、自らもまた、人の役に立つことにお金を使おうと思うのだ。やはり母の道徳的教育の影響は大きい。

新しい時代になっても過去に新しい世の中と人々の幸福のために闘って命を落とした者たちのことを栄一は忘れない。明治9年、日本初の私立銀行・三井銀行を作った三野村利左衛門(イッセー尾形)は、「あまりにも金中心の世の中になってきたことですよ」とこの時代を警戒し、後を栄一に託し翌年亡くなる。彼の心配は当たり、明治10年、西郷隆盛(博多華丸)が命を落とした西南戦争の戦費は4,200万円で税収は4,800万円。「馬鹿らしい」と栄一は呻く。大久保利通も亡くなり、多くの屍を超えて栄一はひとり歩んでいく。

横浜の蚕卵紙問題に当たって「10年越しの俺たちの横浜焼き討ちだ」と燃える喜作(高良健吾)と尾高惇忠(田辺誠一)と栄一の3人が松明を掲げ、亡くなった真田、長七郎、平九郎たちのことを思いながら空を見上げる。亡くなっていった者たちを鎮魂し、生き残った栄一、喜作、惇忠が新たなターンに向かっていくターニングポイントの回だった。

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