俳優の吉沢亮が主演を務める大河ドラマ『青天を衝け』(NHK総合 毎週日曜20:00~ほか)の優れたところは、脚本家・大森美香氏の手腕によるところも大きいだろう。資料を徹底的に読み込んだうえで歴史的エピソードを適切に組み合わせながら、合間合間に家族愛、夫婦愛、恋愛、友情……とヒューマンドラマを巧みに組み合わせて剛と柔のバランスをとり、さらにアクセントとしてユーモアを挿し込んでいく。その手際の良さである。24日に放送された第32回では算盤競走を楽しく見ることができた。

  • 大河ドラマ『青天を衝け』で渋沢栄一を演じている吉沢亮

第32回「栄一、銀行を作る」(脚本:大森美香 演出:村橋直樹)で、3年勤めた大蔵省を辞め、官から民に変身した栄一(吉沢亮)。「実業の一線に立とう」という決心で第一国立銀行を開業した。

この数回、徐々に金融ドラマの色が濃くなっていく様子を感じていたが、第32回はかなり濃密で、実業の世界の魑魅魍魎の代表格として三菱商会の岩崎弥太郎(中村芝翫)がラスボスのような貫禄で登場し、栄一の前に立ちはだかろうとするところは日曜劇場の『半沢直樹』の明治版のような雰囲気に。それは冗談として、民に下った栄一は水を得た魚のように生き生きと弁舌豊かに立ち回っている。その様子を吉沢が軽妙に演じている。

脚本家の大森氏が繰り出す歴史軸と人間ドラマ軸とユーモアを難なくやってみせる吉沢はたくましい。この器用さ、しなやかさ、タフさは渋沢栄一もそうだったのではないかと思わせる。

プロの脚本家とはいっても得意ジャンルがあって、ミステリーなどのアイデアや構成力の高さで見せるタイプ、企業ものなどの取材力やその素材をうまく生かすタイプ、恋愛などの情感を盛り上げるのがうまいタイプ、会話に個性が出せるタイプ、原作をまとめる脚色力が抜群に優れているタイプなど様々。その中で大森氏はどの点においてもまんべんなく高いアベレージを叩き出している印象がある。

朝ドラ(『風のハルカ』『あさが来た』)も大河ドラマも、長丁場にも息切れをあまり感じさせない強靭さを感じる筆致。作家としてのスケール感があり、今後も依頼が引きも切らないだろうと感じる才人のひとりだ。『青天を衝け』に関しては、『あさが来た』で渋沢や五代(ディーン・フジオカが『あさが来た』と『青天を衝け』どちらも演じている)と同時代の実業家・広岡浅子をモデルした主人公の半生を描いたからこその土台がものを言っているのではないだろうか。