マネ―スクエアのチーフエコノミスト西田明弘氏が、投資についてお話しします。今回は、円相場の近況について解説していただきます。


10月20日の外国為替市場で、米ドル/円は一時114.70円をつけました。これは17年11月以来ほぼ4年ぶりの米ドル高水準です。米ドル/円は今年6月から9月まで主に110円前後で推移してきたので、10月に入って米ドル/円が急に上昇した格好です。

「米ドル高」でなく「円安」!?

もっとも、足もとの状況は「米ドル高」というより「円安」でした。実は10月に入って円は主要通貨に対して「一人負け」の様相を呈しています。Bloombergが集計する主要17通貨(米ドルを含む)の中で、円は9月30日-10月21日の騰落率が最下位のブラジルレアルに次いで下から2番目でした(下図)。なお、上位には、ノルウェークローネ、南アフリカランド、ニュージーランドドルなど、産油国や資源国の通貨が並んでおり、国際商品市況の高騰の影響が大きいことが見て取れます。

  • 主要通貨の騰落率(対米ドル、単位%)

足もとの「円安」の背景の1つは日本の政治の不透明感でしょう。米ドル/円の上昇は、自民党総裁選⇒岸田内閣発足⇒衆議院解散(⇒衆議院選挙)の流れとほぼ同じタイミングで起きています。岸田政権の金融所得税を巡る迷走ぶりや、数十兆円の財政出動を公約しながらも財政緊縮派に主導権を握られそうな情勢、加えて衆議院選挙後に求心力が一気に低下する可能性(政権交代の可能性はさすがに低いでしょうが)などが指摘できそうです。

ただし、より影響が大きいのは日本と主要国との金融政策の差でしょう。主要な中央銀行が新型コロナ対応の強力な金融緩和からの正常化を模索するなかで、日銀の姿勢に大きな変化はみられないからです。

置いてけぼりの日銀!?

9月29日に開催されたECB(欧州中央銀行)フォーラムでは、米FRB(連邦準備制度理事会)のパウエル議長やECBのラガルド総裁がインフレは一時的との認識を示しつつも、その長期化に懸念を表明しました。また、BOE(英国中央銀行)のベイリー総裁は近々の利上げが必要になる可能性に言及しました。そうしたなか、日本銀行の黒田総裁は自身の任期中(23年4月まで)に2%の物価目標は達成できないとの見通しを示して極端な金融緩和を継続する意向を表明、他の中央銀行との立場の違いを浮き彫りにしました。

  • 主要国&地域のCPI(消費者物価、前年比%)

実は、4年前にも同じようなケースがありました。17年6月のECBフォーラムでも、金融政策の正常化がテーマになるなか、黒田総裁は「出口の議論は時期尚早」との姿勢を堅持しました。

17年6月30日のマイナビニュースへの寄稿「ECBフォーラムで浮き彫りになった、日銀の『置いてけぼり』感」で結論は以下の通りでした。今回もほぼ同じです。

以上の状況をレースに例えると、先頭を走るFRBに対して、BOEやBOC(カナダ中銀)が追いかける展開であり、ECBは周回遅れ、日銀はさらに1周、あるいは数周の周回遅れと言えるかもしれない。

ECBフォーラムで浮き彫りになったのは、他の中央銀行の利上げ(金融緩和の解除)の観測が高まる局面では、日銀の「置いてけぼり感」が強まるということだろう。これはすなわち、為替市場においては円安圧力が強まり易い局面と言えるかもしれない。

長期金利が示唆する金融政策の先行き

金融政策の方向性の違いを上手く反映しているのは、各国の長期金利(10年物国債利回り)かもしれません。米国、英国、ドイツ、カナダ、豪州の長期金利は、今年初めから上昇し、春以降にいったん軟化しましたが、8月後半から再び上昇基調に転じています。一方、日本の長期金利はほぼ横ばい。日銀が長期金利に「ゼロ%程度」の目標を設定して国債の買入れを行っていることが主因です。ただ、長期金利のチャートを心電図に見立てると、日本の長期金利はほぼ「死んでいる」と言えるかもしれません。

  • 主要国長期金利(%、週次、2021.1-)

日本と主要国の長期金利差(主要国>日本)は8月後半に拡大傾向が鮮明です。興味深いことに、マイナスが常態化して日本より低いドイツの長期金利でさえ、金利差は年初に比べて拡大(ドイツ>日本)しています。

  • 主要国長期金利(対日本、%、週次、2021.1-)

リスクオフになれば、円の一人勝ちも⁉

「円の一人負け」は長期金利からもハッキリ読み取れるということでしょう。もっとも、何らかの理由で主要国の長期金利が大きく低下する局面では、日本との長期金利差が縮小して「円の一人勝ち」を示すかもしれません。例えば、それはリスクオフ(投資家のリスク回避)が強まるような局面です。

市場でリスクオフが強まるケースは色々考えられます。

まず、主要国景気の失速があります。昨年の財政出動の効果が徐々に薄れるなか、サプライチェーン障害の長期化や労働力・原材料の不足によって、景気に大きくブレーキがかかる可能性はあります。また、高インフレが長期化することで多くの中央銀行が金融引き締めに踏み込まざるを得なくなって、結果として景気をオーバーキルする(引き締め過ぎて景気を落ち込ませる)リスクもあるでしょう。

米国政府のシャットダウン(一部の機能停止)やデフォルト(債務不履行)はいったん回避されましたが、12月初めまで先送りされただけです。今後のバイデン政権や議会が対応を間違えば、改めてそうしたリスクが顕在化して、金融市場を動揺させる(=リスクオフ)可能性もあります。

恒大集団の破たん懸念など中国不動産市場の苦境が何らかの形で世界の投資家に影響を与える可能性もありそうです。そして、目立ったショックがなくても、昨春のコロナショック以降に急ピッチで上昇してきた株価が些細なきっかけで大きく下落する可能性も否定できません。