マネ―スクエアのチーフエコノミスト西田明弘氏が、投資についてお話しします。今回は、米国の予算編成プロセスについて解説していただきます。


21年1月20日にバイデン米大統領が就任。それから2カ月を経ずして、3月11日には対コロナ追加経済対策、総額1.9兆ドルのAmerican Rescue Planが成立しました。そして、3月31日にはバイデン大統領がインフラ投資や製造業支援を柱とした長期経済政策、総額2.25兆ドルのAmerican Jobs Planを発表。さらには、医療や教育に的を絞った長期経済政策の第2弾も近日中に発表される可能性があります。

America Rescue Planは2021年度の補正予算として成立しました。American Jobs Planやそれに続く長期経済政策の第2弾は今年10月に始まる2022年度予算に関連付けた形で実現が目指されることになりそうです。

予算編成は、その過程で増・減税や歳出の行方、財政収支見通しの変化などが金融市場における相場材料を提供してくれます。とりわけ、今回のように新しい政権での予算編成は経済政策の方向性が変わることも多く、要注目です。以下では、米国の予算編成プロセスを概観します(次回は今年の米予算編成の注目点を考察します)。


米国の予算の仕組み

予算とは、狭義には省庁や機能別に分けられた12本の歳出法を指します。ただし、歳出法が司るのは、歳出全体のうちで裁量的支出と呼ばれるもので、国防費と非国防費に大別できます。非国防費の代表的なものは交通網などのインフラ投資です。

歳出のなかで、裁量的支出より大きなウェイトを占めるのが、義務的支出です。義務的支出とは、毎年の歳出法ではなく、過去に成立した法律に則って支出が決まるものです。代表的なものとして、社会保障(国民年金)やメディケア(公的医療保険)などがあります。国民の高齢化により、義務的支出のウェイトは年々大きくなっています。

裁量的支出と義務的支出に国債費(国債利払い)を加えたものが歳出総額です。

歳入は、個人の所得税、法人税、社会保険料(社会保障や失業保険)、物品税を含む間接税(消費税は基本的に州の課税です)などで、それぞれが準拠する法律に基づきます。

一般に「予算」という場合は、歳出と歳入、さらには両者の差である財政収支を含めて捉えることが多いようです。

  • 米財政: 歳出・歳入

予算編成のプロセス:

予算が対象とする年度、会計年度(Fiscal Year, FY)は前年10月から当該年の9月までの1年間を指します(2022年度は21年10月1日から22年9月30日までの1年間)。

一般教書演説と予算教書

まず、大統領が1月下旬に一般教書演説で施政方針を示します。2月上旬には10月に始まる翌年度の予算教書を発表して、具体的な歳出と歳入の計画を提案します。ただし、今年のように大統領就任1年目にはスケジュールが後ろ倒しとなります。

予算決議

予算教書の発表を受けて、議会は予算決議を採択します。予算決議は予算の設計図で、歳出や歳入の大枠が示されます。予算決議には大統領の署名は不要で、法的拘束力も強くありません。

歳出法案

その後、議会は予算決議を基に、12本の歳出法案を審議します。近年では予算審議が難航することが多く、複数、あるいは全部の歳出法案をまとめて包括的歳出法案として審議することもあります。

予算調整法案

議会は、歳出法案の審議と並行して、歳入に影響を与えうる税制改正案なども審議します。最終的には、予算決議に基づいて歳出と歳入をすり合わせる予算調整法案として成立させることも多いようです。

予算調整法案が重要なのは、フィリバスター(※)が使えないことです。そのため、上院でも単純過半数で可決することができます。ただし、予算調整法案には、年1本のみ、歳出や歳入に直接影響する項目のみ、などの制約があります。

(※)少数派政党が審議の継続を要求して採決を遅延させることができる制度。審議時間に制限がない上院にのみ認められた制度。ただし、100議席中60議席以上(スーパーマジョリティー)の賛成で審議を打ち切って採決を行うことができます。現在の民主党は上院でギリギリの過半数しかないため(50議席+副大統領票)、上述のAmerican Rescue Planは予算調整法案として民主党議員の賛成だけで成立しました。

継続予算とシャットダウン

9月30日までに歳出法案が全て成立していれば、新年度はスムーズに開始されます。しかし、近年ではそのようなケースは稀(まれ)です。新年度開始までに歳出法案が成立していなければ、議会は短期間の継続予算(暫定予算)を成立させて、審議を続けます。歳出法案が成立せず、継続予算も成立しなければ、交通管制や警察機能など必要不可欠なものを除いて、少なくとも一部の政府機能はストップします。いわゆるシャットダウン(政府機関の閉鎖)。

デットシーリングとデフォルト

政府の債務残高に上限、デットシーリングが設けられています。政府は上限を超えて債務を増やすことができません。そのため、連邦債務が上限に達すると、連邦政府は収入に見合う支出しか実行できません。とりわけ、自然に発生する国債利払いができなくなると、いわゆるデフォルト(債務不履行)になります。米国の国債は世界中の公的機関や投資家が保有しており、仮にデフォルトすれば、金融市場には衝撃が走るでしょう。

これまで、米国の国債がデフォルトしたことはありません。連邦債務が上限に達する度に、議会は上限を引き上げてきました。ただし、議会はデットシーリングの引上げを人質にして政府と交渉することがあります。一方、政府は資産売却や州・地方政府への支払い遅延などによって、時間稼ぎをします。最終的にはデットシーリングは引き上げられるのですが、それまでは金融市場はヤキモキすることになります。なお、現在、デットシーリングは無効化されていますが、21年7月末に復活する予定です。

シャットダウンは一般市民に不便を強いますが、短期間であれば経済への影響は限定的です。トランプ政権下でも何度か起こっているので、金融市場もあまり反応しません。一方で、上述したようにデフォルトは過去に一度も起きていませんが、その可能性が高まるだけでも金融市場は大きく動揺するでしょう。

  • 米国の2022年度予算編成のイメージ