マネ―スクエアのチーフエコノミスト西田明弘氏が、投資についてお話しします。今回は、「ゲームストップ騒動」について解説していただきます。


米株市場では、ゲームストップ株の乱高下に代表されるように、「個人投資家vsヘッジファンド(機関投資家)」が大きな注目を集めています。

ダビデとゴリアテ

すでに様々に報道されているように、個人投資家がSNS(レディットの「ウォールストリートベッツ」)とスマホの株取引アプリ(ロビンフッド)を利用して不人気株を大挙して買い、それらのショート(空売り)ポジションを持っていたヘッジファンド/機関投資家に巨額の損失を負わせた(*)という構図です。「ダビデとゴリアテ」に例える向きもあり、弱者が強者を倒すという胸のすく話かもしれません。

(*)「ショート(空売り)」とは、保有していない特定の資産(ここでは株)の値下がりを予想して、その資産を借りて売ること。予想通り値下がりすれば、その資産を安く買って貸し手に返却して差額の利益を得ることができる。一方、当該資産が予想に反して値上がりすれば、それだけ損失が膨らむことになるため、どこかで損切りして当該資産が買い戻される。それをショートスクイーズ(踏み上げ)と呼ぶ。

もっとも、これでマーケットのパワーバランスが大きく変化するかというと、ちょっと違う気もします。本件に関して少し考察してみました。

ショート総額は株式時価総額の2%!?

まず、対象になったのが、業績が芳しくなく、株価が低迷しているごく一部の企業だったということです。先週は、損失の穴埋めのためにヘッジファンド/機関投資家が含み利益のある銘柄を売却するとの観測から、株式相場が下押し圧力を受けました。ただ、米株式市場におけるショートの総額は全時価総額の2%程度との指摘もあり、パニック的行動を除けば、株式相場への影響は限定的ではないでしょうか。

次はシルバー(銀)をターゲットにしようとの動きもあるようですが、さすがに個別株と異なってシルバーのプライス・アクションは緩慢なようです。

業績低迷企業の株価が高騰!

ロビンフッドが取引制限をかけた銘柄をみると、多くの企業が赤字です。また、株価が10年あるいはそれ以上前にピークをつけて、最近まで下落基調が続いていた企業がほとんどです。つまり、「コロナ・ショック」とは無関係に業績低迷が続いていた企業です。だからこそショートの対象になったわけです。そうした企業の株価高騰が正当化出来るとは思えません。例を挙げておきましょう。

ゲームストップ

たとえば、ゲームストップは、最近まで株価の最高値は2007年12月につけた64ドルでした。2013年に一時60ドルに接近しましたが、その後は下落基調が続き、昨年4月には2.57ドルの最安値をつけました。Bloombergによれば、ゲームストップは系列店も含めて米国内に3,600店舗、欧州やカナダ、オーストラリアなど国外に2,000店舗を抱えています。実店舗におけるゲーム専用機やゲームソフトの売買というビジネスモデルは時代遅れになりつつあるのでしょう。同社の2019年決算は4.7億ドルの赤字でした。2020年も赤字見込みのようです。そのゲームストップ株が今年に入って急騰し、1月28日には一時483ドルを付けたのです(その後、急落して2月3日時点で100ドル割れ)。

ブラックベリー

ブラックベリーはカナダの企業で、2000年前後からスマホの先駆けともいえる携帯端末で一世を風靡しました。同社の端末はPC型のキーボードを装備し、セキュリティが強固だったこともあって、金融業界でも業務用として使っている人が多かったように思います。しかし、iPhoneやAndroid搭載の携帯電話に徐々にシェアを奪われました。ブラックベリーはセキュリティ関連のソフトウェアやサービスにビジネスの軸足を移しましたが、売り上げは最盛期に比べて大きく減少しているようです。 ブラックベリーの株価の最高値は2008年6月につけた148ドル。2010年代は10ドル前後で推移し、昨年の安値は3月の2.7ドルでした。今年1月27日には約10年ぶりの30ドルに接近しましたが、その後に下落しました(2月3日時点で12ドル)。

株価上昇が止まれば興味を失う⁉

個人投資家も投資対象の企業に思い入れがあるわけではなく、おそらく短期間での値上がりを見込んで投資しただけでしょう。だとすれば、株価が上昇しなくなればすぐに見切りをつけそうです。個人投資家が総体としての自分たちの力に酔っている間は銘柄の物色が続くのかもしれませんが、そう長続きはしないのではないでしょうか。

有利な資金調達=投資家のリスク増大⁉

今回の騒動で利益を得たのは一部の個人投資家だけでありません。望外の株高を背景に資金調達を行った企業もあったようです。業績の低迷する企業が昨年まででは考えられなかったような有利な条件で資金調達ができたのであれば、その分だけ資金を出した投資家がリスクを背負っていると言えるかもしれません。

相場操縦に該当するのか

SNSでの呼びかけが相場操縦に該当するかどうかは判断が難しいかもしれません。ただし、歪な価格形成がなされたと当局が判断すれば、何らかの規制が導入されてもおかしくないでしょう。それは個人投資家より機関投資家を優遇するという類いのものではなく、あくまで「健全な市場のため」ということでしょう。

テスラやビットコインと根は同じ?

1月15日付けコラム「テスラやビットコインはバブルの警戒信号か」で、世界的な金余りを端的に表しているのがそれらの価格の急騰だと指摘しました。ゲームストップ騒動もマネーゲームが歪な形で出たものと言えそうです。現在の主要国の金融・財政政策をみれば、金余りが簡単に修正されるとは思えません。ただ、後々になってあれは「時代の徒花(あだばな)」だったなと振り返ることになるかもしれません。