マネ―スクエアのチーフエコノミスト西田明弘氏が、投資についてお話しします。今回は、米国の金融・財政政策についてを語っていただきます。


12月15‐16日、米国の中央銀行にあたるFRB(連邦準備制度理事会)はFOMC(連邦公開市場委員会)を開催して、金融政策を決定しました。

FRBは強力な金融緩和を継続

コロナ禍の打撃を受けた経済を支えるために始めた毎月1200億ドルの債券購入、いわゆるQE(量的緩和)を、「最大雇用と物価安定の目標に向けてさらに顕著な前進がみられるまで」継続すると声明文で明言されました。前回11月の声明文の「今後数カ月にわたって(債券購入を行う)」より強い表現です。

ゼロ金利に3年間コミット⁉

また、FOMCに参加する当局者17人(議長を含む)の政策金利見通し、いわゆる「FOMCのドット」によれば、全員が21年末まで現在のゼロ金利を続けると想定、22年末までに利上げを想定したのは1人、23年末までに利上げを想定したのは5人にとどまりました。つまり、現在のゼロ金利を少なくとも向こう3年続けるというのが大方の当局者の想定です。

金融市場の冷めた反応

もっとも、コロナ対策の行動制限や一部ロックダウン(都市封鎖)によって、金融市場では景気が再び落ち込むとの懸念が台頭しています。そのため、FOMCが債券購入を拡大して金融緩和を強化するとの観測もあったため、FOMCの決定に対して金融市場の反応は冷めたものでした。

パウエル議長の約束

それもあったためか、FOMC後の会見でパウエル議長は、債券購入額の拡大や長期債へのシフトは可能だとし、債券購入に関する新たな文言(上述の「さらに顕著な前進がみられるまで」を指すようです)は「強力だ」と述べました。そのうえで、債券購入を縮小する場合は事前に余裕をもって伝達すると約束しました。

金融当局が強力な金融緩和に長期間コミットするというのは極めて異例です。それだけ、コロナ禍によって米国経済が大きなダメージを受けていることの証左でしょう。


パウエル議長は会見で、財政政策による経済の支援が必要との主張を繰り返しました。金融政策だけでは不十分だと。

GDPの20%に相当する財政出動

今年3月、トランプ政権と議会は総額約3兆ドル、GDP(国内総生産=経済規模)の20%にも相当する経済対策を打ち出しました。夏場には追加経済対策の必要性が認識されましたが、大統領選挙を控えて党派的な対立が強まったこともあって、民主党とトランプ政権や議会の共和党との協議は難航しました。

9,000億ドルの追加経済対策が成立へ⁉

大統領選挙後に協議は再開されており、ここへきて追加経済対策成立の機運が高まっています。家計への現金支給や失業保険の特別給付、企業の給与保障、交通機関やワクチン流通の支援など総額9,000億ドル程度のパッケージで、共和党と民主党が合意に近づいており、トランプ政権もこれを承認する方向のようです(本稿執筆時点では成立まで数日を要するとみられています)。

新たなパッケージは、共和党の主張してきた5,000億ドルのパッケージを上回るものの、民主党が主張してきた2兆ドル超には大きく届きません。それでも、21年1月に民主党のバイデン政権が発足すれば、さらなる追加経済対策が打ち出される可能性がありそうです。

財政赤字はリーマン・ショック時の2倍

上述の経済対策の影響もあって、米国の財政収支は今年4月以降に急激に悪化しています。今年11月までの1年間の財政赤字は約3.2兆ドルまで拡大しました。2008年秋のリーマン・ショック直後の財政赤字は最大で2010年2月までの1年間の約1.5兆だったので、その2倍以上に膨れ上がった計算です。

債券自警団はどこへ?

財政赤字が野放図に拡大すると、国債発行量が増えて民間の資金需給がひっ迫するため、市場金利が上昇します(=国債価格が下落します)。いわゆるクラウディング・アウトです。市場金利の上昇が財政赤字の拡大に警鐘を鳴らすという意味で、米国の著名アナリストはこれを「債券自警団」と命名しました。しかし、現在の米国の市場金利は非常に低い水準で推移しており、「債券自警団」の姿は見えません。

これは景気が低迷して民間の資金需要が乏しいうえに、中央銀行であるFRBがQE(量的緩和)によって大量の国債を購入しているからです。また、米国だけでなく、世界の主要な中央銀行が同じような強力な金融緩和を行っているため、自国通貨が下落して、それが輸入物価の高騰を通じて市場金利の上昇要因となるインフレを招く事態にいたっていないからでしょう。

MMTの壮大な実験⁉

その意味で主要国は、「自国通貨建てで政府がいくら借金をしても、インフレにならないかぎり、財政赤字は問題にならない」とするMMT(現代貨幣理論)の実験を行っていると言えるでしょう。MMTはエコノミストの主流から概ね否定されてきましたが、今のところ結果は良好なようです。

ただし、金融・財政政策をフルに発動して、コロナ禍の打撃を受けた経済をサポートしようとするその目的が達せられた時、あるいは達成が現実味を帯びた時に、金融・財政政策が迅速かつ柔軟に調節されて、通貨の急落や急激なインフレ、あるいは市場金利の急上昇を回避することができるのか。それはこれから明らかになるのかもしれません。