ノワール小説の旗手として第一線を走り続けた馳星周さんは、40代に入って歴史小説に山岳小説と作品の幅が大きく広がった。円熟味を増すにつれての自然な変化だというが、そこには軽井沢に移住し、愛する犬とともに暮らす安らかな日常も影響しているかもしれない。作家としての心境の移り変わりから、大好きな犬との出会い、日々の暮らしぶりを語ってもらった。

  • 愛犬と出会い、暮らしたことが人生の大きな転機/作家・馳星周

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馳星周が書くのは、すべてノワールである

――日本のノワール小説の第一人者である馳さんですが、今では歴史小説に山岳小説と多彩なジャンルに取り組んでおられます。幅を広げるに至った心境の変化は。

30代の頃はムキになってノワール小説を書き続けていて、「俺はノワール一筋でいく」と宣言した時期もありました。というのは、『不夜城』の後に〝偽物〟のノワールブームが来て、それに対する怒りがものすごくあったからです。暗黒街さえ出せばノワールなのか、ふざけんなよと。俺の書くものこそが真のノワールだと示したい思いでした。

ただ、小説家を20年近く続けていると、やっぱり同じものばかりだと飽きてしまうんですね。せっかく作家になったのに仕事が楽しくない。そのうち、もう義務感で書くのは違うんじゃないか、肩肘張るのはやめて、書きたいものを書こうという心境に至ったわけです。歳を取ったせいもあるでしょうね。

――そもそもノワールってどう定義すればいいんでしょうか。

難しいですね。僕もずっと考えていますが、うまく言えた試しがありません。ただハードボイルドとの違いでいえば、状況設定がメインではない。もっとシビアに人間の心の闇をえぐりだす小説です。そういう意味では、決してハッピーな話ばかりではない『少年と犬』もある種のノワールです。培ったノワールのスピリットはどの作品でも変わらないと思います。

あのカワイさは反則! 愛犬と出会ってから生き方が変わる

――ここまで小説家としての歩みや心境の変化などを伺ってきましたが、ご自身の人生に広げると一番の転機はなんですか。

それはもちろん犬の存在です。20数年前に最初の犬を飼ってから、生き方が大きく変わりました。それまでは夜な夜な繁華街をさまよっては朝方に帰宅する生活だったのが、犬と暮らすことで徐々に生活のリズムが改まり、今ではすっかり規則正しい生活を送っています。14年前、軽井沢に居を移したのも犬がいるからこそですし、今こうして故郷の浦河に避暑に来ることもなかったでしょう。

――最初に犬を飼いはじめたきっかけは。

もともと大人になったら大型犬を飼おうと決めていて、当時連載していた書評に雑談としてそのことを書いたところ、ブリーダーをされている読者の方から話をいただいたのが最初です。その頃の日本では珍しいバーニーズ・マウンテン・ドッグという犬種で、なんの知識もなく見に行ったら一目惚れ。そのまま連れ帰りました。大型犬の仔犬って本当に「動くぬいぐるみ」そのもので、あの可愛さは反則ですよ(笑)。それからずっと同じ犬種を飼い続けています。

――同じ犬種なのはなぜ?

特にこだわりはないんですが、犬種によって運動量や食事の内容といった付き合い方が変わってくるので、わかっているほうが楽という面があります。同じ犬種であっても一頭一頭すべて個性が違うから面白いし、飽きません。新しい子が来るたびに新鮮な発見があります。いま飼っている二頭は、どちらもお気楽な性格ですね。

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犬のいない人生は考えられない

――日々の暮らしぶりについて少し教えてください。

朝はだいたい5時に起きて、犬の散歩やご飯の用意、雑用などをこなしたあと、昼食後から夕方まで小説の執筆に入ります。書く量は一日10枚が限界で、その辺りで集中力が切れてしまいます。これはデビューしたときからずっとそうで、一気に書き進めることができないタイプなんです。夕方はまた犬たちの散歩とご飯、それから妻との夕食。夜は晩酌しながら本を読んだり映画を観たりして11時には寝るという繰り返しです。

――健康的ですね。犬の散歩や食事づくりが生活のアクセントになっているようです。

僕は元来、短気な性格なのですが、犬と暮らしてからすっかり穏やかになりました。最近つくづく思うのは、犬はね、楽しく生きていくための「先生」なんですよね。人は過去の苦しみを忘れられなかったり、つらい過去から未来を悪く想像して過剰に怖れたりと、とにかくいろんなことを引きずってしまう。でも犬にとっては今がすべて。その時その時を楽しく幸せに生きるだけです。「人も犬のように生きていけたら、みんな幸せなのに」とよく思います。僕にとって犬はもう家族だから人生のすべて。犬のいない人生は考えられません。

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