木谷:じつは僕は1月20日過ぎくらいから、ずっとイベントが中止になることを恐れていました。
2月1日・2日に武蔵野の森総合スポーツプラザで「BanG Dream!」関連のライブ・イベントがあって、2月9日には新日本プロレスの大阪城ホール大会と、静岡でこれもまた大きな「BanG Dream!」のライブがあったんです。その4つに関しては、とにかく無事に終わってくれと、祈るような気持ちでしたね。終わったときはホッとしました。
で、あらためて社会の様子を見たら、じわじわとコロナ禍が来ていたじゃないですか。そして2月17日に社内朝礼で、新型コロナウイルスに対応した社内の体制を宣言したわけです。具体的には時差通勤と在宅ワークをセットにして、来客も原則禁止。訪問する場合も、事前に申請させるようにしました。当然会食も禁止で、僕自身も、その日から車で通勤し始めました。
――ブシロードとしてはいち早く対策をとられたわけですが、それでもやはり、5月3日のドーム公演は、「BanG Dream!」プロジェクトのひとまずの総決算というような位置づけで……。
木谷:そう、だからこそ、きつい……。さらにメットライフドーム公演に向けて、舞浜アンフィシアターでも7日間連続でイベントを入れていたんです。4月23日にアニメ(「BanG Dream! 3rd Season」)が最終回を迎えて、そこからメットライフドームまでがひとつのストーリーになるイメージだったんです。
――アニメをひとつの軸とした、メットライフドームに向かうロードマップを敷かれていた。
木谷:そうなんです。それだけの大きなイベントですから、2月半ばの時点では、3つシナリオを想定して動いていました。
最悪のパターンは18か月自粛が続くコース。再来年まで、すべてのイベントが駄目になる。これは今でもありえると思っています。第2のパターンは、梅雨と共に高温多湿でウイルスが衰えて行く。ただ、今はほぼこのコースはないだろうと考えています。3つ目がインフルエンザ曲線と同じように、4月から急速に勢いが衰えて、ゴールデンウィークあたりにはほとんどなくなる。この最後のシナリオであれば、メットライフドーム公演は開催できる。3月の半ばぐらいまでは、この3つの想定のもと、「五分五分で開催できるかも」と周囲に話していたんです。そのためにある程度は体温計を集めたり、マスクを準備したりしていたんです。でも3月末ぐらいで、感染者が減らず、逆に増えてきた。
筆谷:それはコミケも同じような考え方でした。3月に政府が2週間の緊急事態宣言を出して、それがあとでさらに2週間延びたとしても、ゴールデンウィークを越えたらさすがに……と。
木谷:でも南半球でも増え始めていたり、赤道直下でも少ないとはいえ感染者がいたりするのを見て、判断をあらためました。正直なことをいえば、僕の判断基準にとって、政府が何をいっているかはあまり関係していません。いろいろな状況を見て、想像をして、それに対して手を打つということをやっていただけですね。
■「喪失感」の受け皿を
筆谷:しかしメットライフドーム公演の中止を決断するのは、大変だったでしょうね。ライブに参加する人たちは、みんなそれぞれ、ドラマを持っていると思うんですよ。これだけ大規模なものだと、特に遠くから来る人は、高い旅費をかけて自分のファン活動の総決算としてくる気持ちでいる。
木谷:そうなんですよ。しかも「BanG Dream!」のライブで、一番大きい会場で開催するものです。ということは、初めて来るつもりだった人も多いはずなんですよね。
筆谷:ライブは無観客だとやっぱり違うじゃないですか。やっぱりイベントというのは人間同士の触れ合いが大きい。それが思い出にも繋がる。その意味で、イベントは当日だけではなく、申し込むと決意したときからすでに始まっていると思うんですよ。
コミケであれば、申し込んでから当日に向けて、原稿を描き、どこの印刷所で入稿するかを検討し、交通や宿泊の予定を決め、友達と約束し、イベント後のアフターでどこに行くかも考える……そうした全部をひっくるめての、イベントなんですよね。
ブシロードさんのライブ系のイベントも同じでしょう。好きになったキャラクターや推しの声優さんを、仲間と一緒に応援したいとか、いろいろなドラマを持って会場に集う。
木谷:そう。おっしゃるように、イベントの前から物語は始まっていますよね。
筆谷:それがなくなったときの喪失感、「何のために自分が今いるのかな?」と感じてしまう、その寂しさを想像するとつらいです。
今日の対談の大きなテーマでしょうけど、中止を決断したあとで考えることは……会社や自分たちを守ることよりも、まず、その喪失感を味わった人たちの思いの受け皿を、どこに持って行けばいいのか、どこに用意すればいいのかなんですよね。次を考えなくちゃいけない。
でもそれが、今のこの、新型コロナウイルスの影響が収まる気配が見えないご時世では、ちょっと大変だなというのがあります。
■配信には代えられないもの
木谷:本当は5月3日のメットライフドーム公演は、無観客ライブでもやるつもりだったんです。でも、それすらもやってはいけない雰囲気になってきてしまった。
実際、演者やスタッフを集めたとき、人が密集する状態を完全に排除できるのかといったら、厳しい。上手くやればできなくはないのでしょうけれども……。中止もですが、その状況が2段階、3段階で残念でしたね。できないことがまず残念なんですけど、次善の策すら難しくなってしまった。
――配信番組ですら、人が集まっての収録は危ないという議論が出てきました。
筆谷:スタジオで収録できないんですよね。
木谷:ええ。完全にダメではないですが……まず、役者さんが公共交通機関を使わずに現場に来られるのかが問題になります。続いて、2人以上で収録する場合に仕切りはしっかりしてあるのか。1人だったら問題ないと思うんですけどね。
例えばブシロードの声優事務所である響は、車で送り迎えをすることで、ゲームの収録には対応しています。そのために車内が広くて、運転手とキャストが距離をとれる社用車も買いました(笑)。あとはそれぞれのキャストがリモートでつないで配信番組をやる技術も、だいぶ向上してきたように思います。
筆谷:ネットの時代になって、しかも、みんながスマホという端末を持ち歩けるから、いつでもどこでもアクセスできるというのは幸せだなとは思うけれども……。やっぱりライブやイベントというのは、生だからこそのものじゃないですか。
自分の部屋からライブ会場に行く、一歩踏み出す楽しみを知った人にとっては、それがなくなっている現状は、つらいなんてもんじゃないなと思いますね。あと出演される方々にとっても、応援の声が一番、自分たちの生きている証でしょうから、そのチャンスがなくなってしまっているのは悲しいことです。
木谷:そうですね……。
筆谷:コミケの場合はサークルさんですけど、今、ネットで発表して「いいね!」がたくさん付くのもうれしいけれど、やはり目の前で自分の本を買ってもらうというのは最高に楽しい瞬間なので、それが味わえないのはしんどいはずなんです。