――おふたりが今、あえて過去の話をされた問題意識が伝わってきました。新型コロナウイルスによる、いわゆる「コロナ禍」によって、今、まさに水や空気のように普通にあると思っていたものが、失われている。

筆谷:コミケが中止になるなんて、半年前に考えていた人はひとりもいなかったでしょう。今年に入ってからも、様々なイベントが中止になっても、コミケだけはやるのではないか?と、ある種の信仰心みたいなものを、かなりのみなさんが持ってくださっていたんじゃないかと思います。それが結果としては、中止になってしまった。2月に木谷さんが緊急宣言をTwitterにあげたじゃないですか。

木谷:2月18日のことですかね。

筆谷:あのとき僕は「木谷さん、やりすぎじゃないか」と思ったんです。でも、今にして思うと、木谷さんは完全に先の展開を読んでいたんだなと……。

木谷:その当時、家族にも社員にも、「映画館は閉まる」「ディズニーランドも閉まる」「街に人が歩いていない状態が必ず来る」ということは言っていました。もちろん、予測したことの中には、実現しなかったこともありますが。

――とはいえ、それだけの予測ができたのはなぜですか?

木谷:簡単な話で、上海や香港のディズニーランドが先に閉じて、現在に至るまで開いていないからです。向こうでそうなっていて、渡航制限も入国制限も何も行われていなかったのに、日本で同じウイルスが広がらないわけがないじゃないですか。

――たしかに。

木谷:人間って、昨日まで続いてきたことがある日突然ガラリと変わることを認められないんです。だから3月末でも生活様式が全く変わっていない人たちがいっぱいいた。

筆谷:お恥ずかしい限りですが、2月26日に政府がイベント中止の要請をしたときも、まだ僕は「コミケは大丈夫だ」と思っていました。3月頭になっても、「そろそろ万が一のことも考えておこう」くらいの危機感でした。運営としては、医療体制、急病体制のバックアップをしっかりやって、会場との打ち合わせもしっかりやる。そこまで徹底すれば、開催できるんじゃないかと考えていたんです。

木谷:そうだったんですね。

■コミケ中止に至るまで

筆谷:危機感が強まったのは、まず大相撲が無観客になり、春の選抜甲子園が中止になったときです。それでも日本の場合、プロ野球と宝塚、ジャニーズのコンサートは対策を考えてやると考えていたんです。でもプロ野球も中止になった。そこでコミケも、さすがにこれは厳しいなと考え始めたんです。ただ、中止による影響が大きいのはわかっていましたので……。

木谷:結構、運営内部で議論されました?

筆谷:しました。ただ、自分たちの会社がどうなるかという心配は、議論の中心ではなかったです。そんな心配は、一言もでなかった。それは本当に正直な気持ちで、今、まさに本を出そうと原稿を描いている人たちの心配だけだったんです。

3月13日にサークルの当落発表を出したのですが、Twitterを見ていると「スペースが取れた! コミケはやっぱりやるんだ! 新刊頑張ります!」だとか、すでに描き上げた新刊の案内の声がどんどん投稿されるわけですよ。もちろん、中には「本当にやるの?」みたいな心配の声もありましたが、多くはコミケが開催されることへの期待、コミケが自粛の波を止めるんじゃないかという期待の声だったんですよね……。

木谷:そうなりますよね。

筆谷:でも東京都が緊急事態宣言を出す雰囲気になり、そしてまさか、オリンピックが延期を検討し始め、思ったよりもすぐに延期を発表した。となると、「オリンピックも折れたのに、コミケはやるの?」という声が一気に高まったんですよね。今回のコミケは5月の2~5日の開催だったので、3月中に決めれば1か月少し前。それだけ余裕があれば、遠方の方々の交通関係であるとか宿泊費、後は、同人誌の入稿前のキャンセルがまだ利く。そのギリギリの時期を調べた上で、決定する時期を考えました。

木谷:じつは印刷の問題は大きいですよね。入稿して、印刷してしまいました……というのが、サークルとしては最悪の事態になる。

筆谷:そうなんです。置き場所の問題もありますし、本があるのに売る場所がないと、サークルのお金の流れが止まってしまう。それが一番、創作意欲を奪ってしまう。そして同人誌ならではの問題として、同人誌とは旬のものでもあるという点もあります。特にパロディ・二次創作の同人誌は、「今」出したいものなんですね。

その「今」出したいものという思いは個人に限らず、企業ブースにおいても同じです。もし冬のコミケが予定通り開催されるとしても、8か月後に出すのではもうダメなんですよね。もちろん、あとから出しても大丈夫なものもありますが、「今」じゃないとダメなものが大量にある。それも思うと、やはり延期なり、中止なりというのは、ものすごく考えて決断しなければならないことでした。