――書籍という形だからこそ、伝えられたり表現できたこともありますか?
あります。たとえばマフィアのボスの飯を取材しに行った台湾での「人骨煉剣」のエピソードなんですけど…。
――放送では出てこなかったエピソードですよね。
1秒も使ってないんですけど(笑)、あんなこともあったんですよ。やっぱりテレビだと「こういう画がほしいな」ってどうしてもあるので、人骨で刀を鍛える刀鍛冶に会いに行ったらやっぱり“しゃれこうべ”が欲しくなるわけですよね。結論から言うとそんなものはなかったけど、静かに夕食を囲んで食べていくと、ズブズブ刺さることを言うわけですよ。まさかそんなところで、命というものについて自分が考えることになるとは思わなかったり。でも、そういうのって映像が動かないから、テレビだと飽きちゃうじゃないですか。だから、この本でしか表現できなかったんですよ。それは、ロシアのカルト教団の話も結構近いところがあって。
――結構ページを割いて、描かれていますよね。
はい。僕が信者の家に、メシにひたすら連れ回されているんです。そんなの、テレビ的に言えば1軒行ったら十分なんですよ。だけど、断っても断ってもメシに連れ出されてお迎えされるっていう苦しさみたいなものが、あのロケでは僕の感覚的にはいちばん際立っていて。しかもそれが、教団を表しているようでもあったんです。
――どんな部分からそれを感じましたか?
辟易としながらも静かに彼らの話を聞いていくと、「あれ?」と思うことがいっぱい出てくるんですよね。1軒行っただけでは気づかなかったような信者たちのしゃべるパターンとか、それが重なることによって見えてくるものがあって。彼らがニッコニコで僕を迎えてくれるときのゾッとする感じというか、ちょっとおぞましい雰囲気というか…そういうものが、どうしても書きたかったんですよね。
――映像ではなく文章だからこそ、自分からより没入していって「あれ? あれ?」ってなっていくんですよね。
そうなっていたらほんと、うれしいんですよね。あの「もういいよ」っていう感覚って、テレビだとチャンネルを回すという選択につながってしまう。でも本なら、そこからもう1ページめくってもらえば違うことが見えてくるので、テレビではできないけど言いたかったことを結構ぶち込めたんじゃないかなと思います。
■“読者と一緒に旅をしたい”を形に
――その他に、ディレクターズカットにも収めきれなかったエピソードも満載です。
今回540ページぐらいあるんですけど、実は僕が最初に出した原稿って700ページあったんですよ(笑)
――そうなんですか! その取捨選択の作業のなかで、基準にされたことは?
「僕が何を考えたか?」を最小限にしました。僕がいろんな事象に対して思ったことについての言及は、多くを思考の入り口ぐらいにとどめていて。最初は考えたこと全部を書いていたんですけど、そうするとルポ感が強くなって紀行的な要素が減り、“旅の本”じゃなくなってきてしまった。でも、この本のいちばんの目的は「一緒に旅をしたい」ということなので、現場から僕の思考が離れてしまうところは全部切って、ほぼ「一緒に旅ができる」ということに限りました。
――その「読者と一緒に旅をする」ことが、最大の基準なんですね。
そうですね。やっぱりこの番組で行ったところって、現実的には危険さとかお金の問題もあって、普通に考えたら一生行けない場所ばかりなんです。だけど、そこにこんな出会いがあるんだっていうことを伝えたいし…そういう場だと、自分が“普通”にしてきたことについてもすごく考えられるんですよね。
――普段の生活とは、全然違う環境ですからね。
はい。例えば東京から大阪に行って東京について考えるかというと、きっとほとんど考えない。でもリベリアの、戦争孤児が住む“墓場”まで行ったら、東京について結構深く考えたりする。普段の生活からはある種異常な世界を見ると、その”異常”だと思っていた世界の“普通”みたいなものを目の当たりにしたときに、「自分の“普通”って、なんだっけな?」ということを、かなり強く感じるんですよね。
その経験は、自分の人生を絶対豊かにしてくれると思っているんです。自分の思考を狭めてしまっている“普通”という檻がバタバタ壊れていくというのは、本当の意味で世界が広がっていく経験なので、それを誰かと一緒にしたかったんですよ。
■妻・大橋未歩アナへのメッセージの意味
――本の最後では、奥様(大橋未歩アナウンサー)について少しだけ触れられています。奥様はこの旅に出ることについては、どう思ってらっしゃるんですか?
いちばん最初は驚いていましたし、すごく心配していました。でも、1話目が終わったときにはもう納得してましたし、「またロケに行く」と言ったときにはもう「面白いもん撮ってこいよ」っていう話になってました(笑)
――カッコいい(笑)
私事で恐縮なんですけど、我々夫婦の唯一共通するところは「いつ死んでもいいように、と思って生きよう」というところで。妻も脳梗塞で死にかけていて、「人って簡単に死ぬんだな」ということを身を持って経験していますし、僕はそういう派手な経験はないですけど、「死ぬかもしれないな」というのは折に触れて昔から感じてきたところもあった。だから「明日死んでもいいように生きなきゃつまんないよね」ということで、僕たちはつながっているところがあるんですよ。
――最後に書いてあるメッセージには、それが詰まっているということですね。
…気持ち悪かったですか? すごく気になってるんですよ。
――いやいや!素敵ですよ。
…ホントはキモいと思ってません?(笑)
――全然!
疑心暗鬼(笑)
――素敵ですよね。
…お恥ずかしい限りです。
●上出遼平
1989年生まれ、東京都出身。早稲田大学卒業後、11年にテレビ東京入社。『ありえへん∞世界』『世界ナゼそこに?日本人』などを担当し、現在は『所さんの学校では教えてくれないそこんトコロ!』などでディレクター、『ハイパーハードボイルドグルメリポート』の演出・プロデューサー。