私事で恐縮だが、これまで月9ドラマを全作全話見てきたし、関連コラムを100本以上書いてきたし、クイズ番組『超逆境クイズバトル!!99人の壁』に「月9ドラマ」というジャンルで出演し続けている。

そんな筋金入りの月9フリークが度肝を抜かれたのが、現在フジテレビ本社(東京・台場)で開催中の『開局60周年記念! フジテレビ平成月9ドラマ大ポスター展』。これが忖度でも、ステマでもなく、圧巻の充実ぶりなのだ。

展示内容は、「平成月9ドラマ全122作品のポスター」から、『101回目のプロポーズ』ほか14作の「思い出の名作オープニングタイトル映像」、『ひとつ屋根の下』のセットなどの「フォトスポット」、『ロングバケーション』のスーパーボールなど名シーンで使用された「お宝オブジェの展示」、『シャーロック』のセットの「VRバーチャル体験」、ポスターなのに動く「ムービングポスター」、歴代月9ドラマの「台本展示」、オリジナルグッズがもらえる「クイズラリー」、限定グッズを購入できる「ギャラリーショップ」まで盛りだくさん。

これだけの展示が無料で楽しめるイベントはめったにないだけに、どのような狙いで開催され、どんな苦労や反響があるのか。イベントを手がけたフジテレビ ライツ事業戦略部の種田義彦ゼネラルプロデューサーに話を聞いた――。

  • 木村拓哉主演『HERO』第1期のポスター

    木村拓哉主演『HERO』第1期のポスター

■ポスター集めと芸能事務所の許諾の難しさ

まず、なぜ今このタイミングで、「月9ドラマのポスター展」だったのか。

「ずいぶん前から『ドラマのポスター展をやりたい』という声がありましたが、社内外の調整が多くて二の足を踏んでいました。今回はフジテレビが60周年を迎えたことで『やろう』と各部署が意を決しましたが、開催が決まったときは『本当にやるんですね』という声もあったくらいマンパワーの必要なイベントです」

実際、「平成31年間に渡る122枚のポスターを集める」「多くの芸能事務所に説明して許諾を得る」などの実現に向けたハードルは高く、かなりの労力を伴う。

「過去のポスターは広報にも全部は残っていなくて、データどころかポスターそのものを撮った写真しか残っていなかったり、もっと言えばそれすらなかったり…。例えば、90年代前半のある有名な作品は、当時広報の宣伝担当だった人が辞めて、その人を知る局員に連絡してもらった上で、さらにデザイナーとつないでもらって何とか準備できました」

ポスター集めと同等以上に難しいと思われていたのが、芸能事務所への説明と許諾。何しろポスターに登場している主要キャストの全芸能事務所に、主旨の説明をしなければいけないのだから、これまで構想がありながら、なかなか実現しなかった最たる理由はここではないか。しかも、許諾をもらうのは何年も前に撮られた写真。最長30年前の写真もあるだけに、「何で今さらそんな昔の顔を見せられなければいけないのか」という反発も考えられる。

だが、「すごくうれしいことに、みなさん想像以上に月9のことをよく思ってくださっていたんですよ。まず、フジテレビが開局60周年を迎えたこと。そして、『月9のファンに対する恩返し』『作品の継続的なプロモーション』『今後の月9を応援してもらうため』という3つの狙いを説明したら、基本的に全ての芸能事務所が快く受け入れてくれました」と好感触で許諾が得られたという。

その3つの狙いの中でも大きいのは、継続的なプロモーションという意味合いだろう。かつてドラマは放送終了後にDVDがリリースされたら「そこでプロモーションは終了」だった。しかし、現在はBS・CSに加えて動画配信サービスで過去の作品が見られるなど、放送後の環境が激変。過去の作品は視聴者にとっては身近なものとなり、作り手や出演者にとっては収入源となっている。

  • 種田義彦ゼネラルプロデューサー
    1990年にフジテレビジョン入社後、人事部で採用担当を務めたのち、情報番組『THE WEEK』『とくダネ!』やCSのバラエティ番組を制作。編成部を経て、映画制作部で映画『バブルへGO!!』『アンフェア』『ストロベリーナイト』『ワンピースFILM Z』などを手がける。続くコンテンツ事業局では配信・VR・アニメに携わり、今年7月からライツ事業戦略部のゼネラルプロデューサー(現任)。

一方、フジ社内で懸念されたのは、視聴率を提示することの是非。90年代は20~30%台の高視聴率を連発していたが、年を追うごとに下がり、近年は1ケタの作品も増えていた。「視聴率が落ちている」というシビアな事実を自ら表示することにためらいはなかったのか。

「事実は事実ですし、展示の最初にいいときの視聴率を大々的に出している以上、他は出さないのではカッコ悪いですよね。ドラマの視聴率が以前よりも獲れないのはみんな理解していますし、その上で、昨夏の『絶対零度』から『監察医 朝顔』まで5作連続で平均視聴率2ケタを獲って再び上向きはじめたという明るい兆しもありますから」

■ドラマのポスターならではの意外な発見

  • 『やまとなでしこ』

ポスター1枚1枚を見ていて面白いのは、「この作品にはどういう時代背景で作られて、どんな思いや狙いが込められていたのか?」が、うっすら見えてくること。たとえば『すてきな片想い』(90年)は淡い色合いのイラストでピュアな恋心を表現しているし、『HERO』(第1期、01年)は検事や事務官が1列に並ぶ中、久利生公平(木村拓哉)だけがしゃがんでピースポーズをしている。

そんなパッと見ただけで作品の世界観がよみがえるポスターもあれば、クールなトーンでまとめた『やまとなでしこ』(00年)のように「あれっ!? こういうドラマだった?」と感じるものも少なくない。

「映画は撮り終えてからポスターを作りますが、ドラマは撮りながらポスターを作るので、当初のイメージから変わっていくこともあります。プロデューサーや監督のイメージが最初から完全に固まっている作品と、撮りながら固めていく作品では、おのずとポスターの作り方も変わってきますから。今、振り返ってみると、『最初はこういうイメージで作っていた作品だったのか』という発見もあると思いますよ」

制作事情を深読みして楽しむという意味では、俳優や芸能事務所への配慮も同様。例えば、「主演俳優がこの大きさだから、二番手の俳優はこれくらいで、三番手以下はこれくらいがいいだろう」「この俳優を入れるなら、あの俳優も入れておいたほうがいい」などの交渉や気づかいがポスターに表れているものも少なくない。

さらに当イベントの醍醐味を掘り下げると、面白いのは平成元年から122枚ものポスターを順番に見ていけること。「この時期はこういう作品が多くて、この俳優が大活躍していた」、あるいは「なぜか突然、違うジャンルの作品が入ってきて、異色の主演俳優が抜てきされた」などの再発見があるのだ。

「月9は時代の空気感や流行をビビットに表現してきた枠なので、『こういうものが人気だったんだな』と気づきやすいし、ちょっと違うものが出てきたときもすごく分かりやすいんですよ。ポスターを順番に見ていくと、ときどき突然、毛色の違う作品が出てくるので、『このときは枠としての方向性に課題があったのかな』とか想像するのも楽しいかもしれませんね」

ポスターの展示で、もう1つ特筆すべきは、「各年の出来事」「流行した物」「新語・流行語大賞」が表示されていること。「あの頃は良かった。思い出の“マイ月9”と再会できる魅惑のストリート」というキャッチコピーの通り、当時に思いを馳せやすいお膳立てがされているのだ。確かに来場者を見ると、同世代で「懐かしい」と盛り上がったり、親が子どもに名作を教えていたり、あるいは熱心にポスターを見つめる海外のファンもいた。

「人生のターニングポイントや一番いいときに必ず月9があったという人も多いではないか…と。当時のことを思い出して、『あのときはよかったし、今もいいし、これからも頑張ろう』と思ってもらえたらうれしいですね。だから、みなさんの人生と月9ドラマをセットで見てほしいと思って、文化・風俗的なことを添えました」