2019年に入り、携帯電話の次世代通信規格「5G」の普及に向けた動きが本格化している。先行する欧米や一部アジア地域ではすでに携帯キャリア各社の5Gサービスの売り込みに拍車がかかっているほか、日本でもNTTドコモが「プレサービス」と冠した先行商用サービスを開始し、2020年以降の本サービス投入に向けた準備を進めている。

今回は「なぜ5Gという規格が登場したのか」という背景を振り返るとともに、この5Gの登場によって「われわれの生活や仕事にどのような影響があるのか」といった話をまとめていきたい。

  • 5Gの登場で変わることとは?

前編では、1G~5Gまでの携帯電話ネットワークの進化を含め、そもそも5Gとは何なのかを紹介した。そして後編では、5Gの登場でどのようなことが可能になるのか、実際にサービスが開始されている国の事例などもあわせて紹介していく。

5Gでどんなことが可能になるのか

5Gそのものはまだ一部都市限定でわずか数ヶ国でスタートした状態に過ぎず、同技術に対応した端末も限られていることから、「お試し」に近い状況だと言える。そのため、5Gの特徴から「こんなことに使えるのでは?」という提案をもって、研究が進められている段階だ。

提案されている用途としては、産業界向けに工場や流通現場におけるロボットの遠隔監視と制御、農業や各種現場でのセンサーによる監視、信号機を含む公共施設のユーティリティ管理、ビル内の各種監視や制御など、「Industry 4.0」や「スマートシティ」などのキーワードで謳われる機能の実現である。

スマートフォンなどの端末に比べ個々の機器が利用する通信帯域は微々たるものであるが、「安定して通信できる」という高い信頼性が求められ、5Gにおける収容力を活かして従来の10~100倍以上のデバイスの同時接続に耐えられる環境も必要となる。4G世代のインフラと5Gの収容力増加効果を組み合わせて、来たるべき時代に備えている状況だ。

低遅延も5Gの大きな特徴。例えば、手元のスマートフォンのような端末で写真を撮影し、その解析結果を表示するようなサービスがあった場合、一般にスマートフォンよりもネットワーク上で運用される巨大なサーバで解析を行った方が処理が早く、なおかつより正確な処理が可能なため、いったん撮影した画像をサーバ側に送信したうえで、その結果を返してもらう仕組みを構築した方が精度が高いことになる。

先日、米国で開催されていた展示会に出展していたVerizon Wirelessという携帯キャリアのブースでは、5GのARデモが展開されていた。これは、小売店舗などの棚に陳列した商品をスマートフォンのカメラにかざすと、そのアレルギー情報や詳細な解説などがリアルタイムで商品に重なった形で表示されるというものである。

  • MWC Los Angeles 2019のVerizon Wirelessブースで展示されていた5GのARデモ。スマホのカメラを商品にかざすと、アレルギーを含む詳細情報をリアルタイムで表示してくれる

仕組みとしては、スマートフォンにインストールしたアプリを通してカメラの映像を携帯ネットワーク経由でサーバに送信すると、その結果が画面に表示されるという流れだ。5Gのネットワークであれば、カメラをかざしてから結果が表示されるまでの時間が極めて短く、カメラの位置を動かしてもすぐに追随して結果が表示されるため違和感がない。

同様に、この高速ネットワークを火災現場で活用する事例も同社のブースでは紹介されていた。Qwake Technologiesという会社が開発したそのシステムは、消防士のマスクにカメラが備えられており、そこで撮影した画像をセンター側のサーバにリアルタイムに送信し、周囲の障害物や人物などの状況を解析してその輪郭が分かる形でマスクのゴーグル部に仕掛けられたディスプレイへと表示するというもの。

火災現場では煙などにより視界が極めて悪い状況が多々あり、これを画像解析で支援する仕組みだ。通信の遅延による解析結果の返信の遅れはとっさの判断が必要な場面での致命的なミスにつながるため、特に低遅延で信頼性が高い仕組みであることが求められる。

  • 消防士の支援システム。マスク内にカメラとディスプレイがあり、5Gネットワークを通じてセンターの解析サーバと現場状況を伝えつつ、画像解析を行った結果をリアルタイムで装着者にフィードバックする

  • センター側のモニタリング状況。現場の画像解析情報のほか、地図情報などを組み合わせて、より的確な現場への指示が可能になる

低遅延という特徴はほかにも応用が利く。例えば「xR」の名称で呼ばれるVRやARのヘッドセットを被ったときなども、画像の転送を5GにすればPCやゲーム機などとの間を接続するケーブルは不要になる。転送される映像も低遅延で表示されるため、頭を動かしても違和感なく仮想世界の視界が追随していく。この遅延が大きいと、いわゆる「VR酔い」などと言われる違和感からくる“酔い”の現象に見舞われやすくなるが、5Gであればその心配は薄い。

このほか、過疎地など遠隔での手術を5Gとロボットハンドを組み合わせて行ったり、危険な作業現場で重機を遠隔地から制御したりといった用途も提案されている。遅延が大きいと、実際の手元の操作が遠隔地のロボットや車両に反映され、さらにその結果が手元のディスプレイに表示されるまで2段階の“ずれ”が発生する。遅延が少なければ、あたかも手元で操作しているかのようなリアルタイム感が得られるわけで、これが大きなメリットとなる。

  • Ericssonが紹介していた、遠隔地のカートを手元のハンドルとアクセルで操作可能というデモ。50km先に設置されたカートを、5Gネットワークを経由してリアルタイムで操縦する。遅延が大きいと操作がままならない

ただ、低遅延という特徴は必ずしもすべてのネットワーク環境で利用できるわけではない。前編でも説明したとおり5Gのネットワークは4Gとのハイブリッドで構成されているため、5Gのエリア展開にあたっては5G単体ではなく、4Gの基地局とセットで行われることがある。その場合、コスト的、時間的優位性がある反面、5G単独で構成したネットワークよりも「低遅延」という面で不利になる傾向がある。前者のような2つの世代のネットワークが混在した環境を「ノンスタンドアローン(NSA)」と呼び、後者の5G単独で成り立つ環境を「スタンドアローン(SA)」と呼ぶ。

NSAでは5Gの謳う「1ミリ秒以下」という遅延の仕様を必ずしも満たせるわけではない点に注意したい。また、いくら低遅延といっても“インターネット”のような“低速な”サービスに接続することで、結果として遅延が大きくなる可能性もある。この場合、サービスそのものを低遅延のネットワーク内で完結させる必要があり、単純に「5G=低遅延」というわけではない点にも注意が必要だ。