ロボアドバイザー「WealthNavi(ウェルスナビ)」を提供するスタートアップ企業・ウェルスナビはこのほど、メディア向けのミートアップを開催した。

今回のテーマは、「AIは個人の資産運用をどう変えるか」。AIによって一人ひとりの資産運用をサポートする同社独自の取り組みについての説明に加え、2017年秋より東京大学・松尾研究室と行なっている共同研究の進捗が公開された。

  • 柴山和久 ウェルスナビ 代表取締役CEO。東京大学法学部、ハーバード・ロースクール、INSEAD卒業。ニューヨーク州弁護士。日英の財務省で合計9年間、予算、税制、金融、国際交渉に参画する。その後、マッキンゼーではウォール街に本拠を置く機関投資家を1年半サポートし、10兆円規模のリスク管理と資産運用に携わる。次世代の金融インフラを構築したいという想いから、2015年4月にウェルスナビを創業

多くの人が必要性を認識しながらも資産運用ができない

2016年7月から提供を開始した「WealthNavi」は、安定的に資産形成しやすい長期・積立・分散投資による資産運用プロセスを全自動化した資産運用サービス。専門的な知識や経験がなくても、富裕層や機関投資家が実践する方法で資産運用を手軽に行えるとして働く世代を中心に普及し、2019年2月時点で預かり資産1,300億円、運用者数12万人を超えているという。

そのウェルスナビにて代表取締役CEOを務める柴山和久氏は冒頭、「退職金の平均額は年間2.5%ずつ減少しており、仮にこのペースが続くと現在35歳の方が退職する25年後は1,000万円を切ります。そもそも大企業で定年まで働くという前提自体も崩れてきており、少子高齢化の歯止めがかからない中で、年金の支給額や支給開始時期を維持できるのかといった年金不安も同時に広がっている」と指摘。

  • 企業の退職金は年間2.5%ずつ減少している(厚生労働省「平成30年就労条件総合調査」 大卒、大企業、定年退職の場合をもとにウェルスナビ作成)

もはや従来のライフプランが成り立たない現在、安心して老後を迎えるために、一部の富裕層だけでなく働く世代においても資産運用の重要性が増している。それが日本の直面している現実と言えるようだ。 一方で、終身雇用をベースとする日本型経営の下で働いてきた多くの日本人には、資産運用のノウハウは蓄積されていない。

起業前、財務省やマッキンゼーに籍を置いてきた柴山氏は、「必要性を認識しながらも将来に向けた資産運用ができていない人が多く、日本の個人金融資産1,800兆円の半分以上が預金となっている」と現状を語った。これは先進国の中でも圧倒的に預金に偏った数字だという。

  • 日本の個人金融資産1,800兆円の半分以上が預金(OECDをもとにウェルスナビ作成)

「資産運用をしない最大の理由は、資産運用のさまざまな情報がある中で情報収集が大変で、そもそも資産運用をどうやればいいかわからない、信頼できる相談相手が身近にいないというものです。私自身、アメリカで働いていたマッキンゼー時代は、スポーツの試合結果を話すようにごくカジュアルな感覚で情報交換していましたが、財務省や日本のマッキンゼーでそうした会話ができていた記憶はほぼありません。日本の場合は海外と異なり、一人ひとりが孤立して悶々と悩んでいるのが独特な社会課題かと思います」

資産数億円以上の富裕層であればプライベートバンカーに相談することもできるが、ごく一般の個人投資家がそうした手厚いサポートを得るのは難しい。そこで、富裕層の資産運用をひとつのお手本とする同社が注目したのが“資産運用アドバイスのためのAI活用”だ。

松尾研究室との共同研究を主導してきたウェルスナビ「AI資産運用ラボ」所長/執行役員・リサーチ&クオンツ・マネージャーの牛山史朗氏はこう語る。

  • 牛山史朗 ウェルスナビ 「AI資産運用ラボ」所長/執行役員・リサーチ&クオンツ・マネージャー。金融工学の理論に基づく資産運用を誰でも行えるようにしたいという想いから、2015年12月にウェルスナビに参画。WealthNaviの提供するウェルス・マネジメントの核となる金融アルゴリズムの開発をリードしている。京都大学工学部で人工知能を専攻、京都大学大学院で金融工学を専攻。三菱UFJ信託銀行で個人向けの資産運用アドバイスなどを担当した後、野村證券にてグローバルな投資戦略の開発などに従事

「現在、資産運用の業界では超高速取引で利益を得る“運用パフォーマンス向上のためのAI活用”が盛んですが、これは少ない利益を多数の投資家が奪い合うような世界。AIへの莫大な投資や多くの人材を抱え込むことが可能な一部の投資家だけが利益をさらうことができます。一方、我々が目指すAIは投資家を対象としたもので、プライベートバンカーの代わりとなるAIです。AIが投資家の個々の悩みを理解し、一人ひとりに最適な資産運用のアドバイスができるようになれば、一般の個人投資家や働く世代など多くの人がより安心して資産運用を続けていくことができます」

  • 資産運用業界におけるAIの使われ方は2パターン

“個人のユーザーに寄り添い提案するAI”の例としては、ECサイトなどのレコメンド機能や、正答率などから効率的な学習を促すサービス「スタディサプリ」(リクルート)などで活用されているものが挙げられるという。

データ観測による異常検知でAIが未来の投資行動を予測

適切な資産運用のアドバイスとひと口に言ってもその内容は多種多様である。そこで、同社が日本最高峰のAI研究機関「松尾研究室」との共同研究において最初のテーマに据えたのが「資産運用の継続」の支援だ。

牛山氏はその理由について、「長期・積立・分散の資産運用において、一番難しいのが長期投資です。長期投資で増やすつもりが、相場が下落して損益がマイナスになりやめてしまう、あるいは一度マイナスを体験した後、プラスになった局面で利益確定してしまうという人が多い。本来10年20年という単位で続けるべき長期投資ですが、日本の投資信託の平均保有年数は約3年というのが現状です。仮にWealthNaviでのリスク許容度3の想定で、1992年から25年間コツコツ長期・積立・分散投資を行なった場合、元本に対して評価額は2.4倍となり、どの10年を切り取っても元本割れはしません。必ずしも普遍的なケースではありませんが、長期の資産運用の継続がいかに重要で、利益的にも大きいかを示唆しています」と解説する。

  • 「長期・積立・分散」では「長期」が一番難しい

  • 相場が下がる局面での悩みや不安を乗り越えれば長期投資が実現可能に

長期投資の利用者の心理状況や行動予測に基づき、不合理な投資行動をしないよう働きかけるため用いられるのが、“異常検知”と呼ばれるAI技術の手法。利用者の行動データからモデルを構築し、アプリ上の行動に関していくつかの基準をつくり、通常の行動パターンと異なる行動を観測してスコア化する。

  • AIがユーザーを理解し次の行動を予測

「行動経済学の研究によれば、人間の脳は損失を極端に嫌い、相場の急落などで動揺した際、不安から不合理な投資行動を取ってしまいがちです。AIがアプリ上の行動などを観測し、はじき出されたスコアが高い人間をリストアップしてアプローチすることで、不合理な投資行動を未然に防ぐことができると考えています。現在、AIによる予測精度を上げるため、職業や年齢といった利用者の基本情報やアプリ上の行動データが大量に溜まってきている段階です。時間の絡むデータなどは処理が難しく、AIへのデータの与え方を工夫することでまだまだ精度向上の余地があります」(牛山氏)とのことで、利用者の反応結果に応じ、AIによるアドバイス内容やモデルも改善させていくという。

  • 検証されたモデルの一例

個人情報の管理については第一種金融商品取引業者として極めて厳格に行なっており、それぞれの情報は個人が特定できない形に加工した上で処理され、社内でもこうしたデータにアクセスできる場所や人間は限られていると説明が加えられた。

AIがあらゆるお金の悩みを解消してくれる?

WealthNaviでは現在、ある程度普遍的な資産運用上のアドバイスを中心に提供しているが、長期投資におけるAIの基礎研究的な段階を経て、「資産運用のさまざまな悩みに先述のモデルを応用する」という段階を目指し、長期的には「個人向け金融サービス全体をAIが最適化する」という未来の実現もロードマップに掲げている。

住宅ローンや保険、老後資金などお金の悩みは尽きないが、AIによってそうした悩みから解放される日がいつかやってくるのかもしれない。

  • AI活用に関する長期的なロードマップ