5月3日、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」と同じく世界遺産登録を目指す、自然遺産の「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」(鹿児島県、沖縄県)に、諮問機関のIUCNから「登録延期」勧告が出された。これは、日本の自然遺産では初めて出された厳しい内容だ。

  • 美しい海に囲まれた鹿児島の奄美大島

    美しい海に囲まれた鹿児島の奄美大島

そこで、「登録延期」勧告が出た「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」は今後どうなるのか、世界遺産に詳しい世界遺産アカデミー/世界遺産検定事務局の主任研究員である宮澤光さんにうかがった。

4段階で下から2つ目に当たる厳しい勧告

――はじめに、今回出された「登録延期」勧告とは、どのようなものでしょうか。

前回の「潜伏キリシタン関連遺産が登録勧告! 登録名変更に込められた本当の価値とは」でもお話しましたが、諮問機関が世界遺産委員会に対して専門家の立場から助言を行います。その諮問機関が世界遺産委員会前に現地調査を行い、報告するものが「勧告」です。

  • 「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」は無事に勧告が出たが、「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」とは違い、イコモスからの勧告だった

    「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」は無事に勧告が出たが、「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」とは違い、イコモスからの勧告だった

ここで前回の「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」と違うのが、勧告を出す諮問機関が「IUCN(国際自然保護連合)」であるという点です。イコモスが文化遺産の専門家であるのに対し、IUCNは自然遺産の専門家ですので、それぞれの専門の遺産に対して勧告を出します。今回の「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」は自然遺産ですので、IUCNが現地調査を行い、勧告を出しました。

勧告には、そのまま世界遺産として登録を勧める「登録」と、世界遺産としての価値は認めるけれど追加情報が必要である「情報照会」、推薦書の本質的な改定が必要とされる「登録延期」、世界遺産としての価値が認められない「不登録」の4段階あります。今回、IUCNが出した「登録延期」勧告は、4段階の勧告のうち下から2つ目という、厳しいものでした。

これまで、文化遺産では『石見銀山遺跡とその文化的景観』などで出されたことがありますが、自然遺産では日本で初めて出された勧告です。ここから世界遺産委員会において、2段階アップで「登録」決議を受けるのはかなり難しいと思います。

「やんばるの森」を巡る認識

――「登録延期」勧告の内容は、どのようなものだったのでしょうか。

今回、日本から推薦された「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」は、日本列島の最も南にある琉球列島のうち、奄美大島と徳之島、沖縄島(北部)、西表島の4島からなります。この4島で、約1,200kmにわたって広がる琉球列島が形成される中で生物の種が分化し固有化していく進化過程と、この地域の固有種と絶滅危惧種の多様性を証明しているわけです。

この地域には、ヤマネコが生息する世界最小の島である西表島のみに生息する「イリオモテヤマネコ」や、近しい種が存在しない「アマミノクロウサギ」、飛ぶことができないために絶滅の危機にある「ヤンバルクイナ」など、個性的で魅力的な固有種や亜種が生息しています。

  • ノラネコに襲われるなど、絶滅の危機にある奄美大島の固有種アマミノクロウサギ

    ノラネコに襲われるなど、絶滅の危機にある奄美大島の固有種アマミノクロウサギ

しかし、今回の勧告では、資産が分断されているために進化の過程を示す生態系の価値は認められないこと、生物多様性は認められるけれどもその保護のための推薦地域の選択が不適切であること、などが指摘されました。

特に問題視されたのが「完全性」です。これは世界遺産登録において重要な考え方で、世界遺産として遺産を保護・保全していくために必要な要素が全てそろっていることを意味します。全てそろっていれば、「完全性」があると判断されます。自然遺産は、その中でも特に「充分な広さ」という点が重視されます。自然環境は、周囲から切り離すことができないため、保護するには充分な広さが必要になるからです。

今回の勧告の中で具体的に名前が出たのが、沖縄島北部エリアに隣接する、米軍北部訓練場の返還地です。この地域は古くから「やんばるの森」と呼ばれ、多くの固有種が生息・生育する森などが状態よく残されてきました。しかし、その「やんばるの森」の一部は昭和32(1957)年から米軍北部訓練場として使われており、ようやく返還されたのは推薦書が提出される1カ月前の2016年12月のことでした。

そのため、返還地の保護体制が不十分であり、「やんばるの森」には多くの固有種が生息しているのに、その一部だけが世界遺産のための推薦地となってしまっていました。この点について、IUCNは米軍北部訓練場の返還地も、資産に加えるよう求めています。

また、他の推薦エリアでも、緩衝地帯を含む推薦エリアが「充分な広さ」を持っているとは言えない上に、必要ない地域まで含んでいるところがあるので、全体的に推薦エリアを見直すようにという勧告でした。

返還地の調査を経てからでも遅くはない

――「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」は今後どうなるのでしょうか。

今回の勧告を受け、日本政府はそのまま世界遺産委員会を迎え、逆転での「登録」決議を目指すのか、推薦書を取り下げじっくりと推薦書の改定に取り組むのか決断をしなければなりません。このまま「登録」決議を目指すことも可能ですが、ここで「登録延期」決議が出たら、今推薦書を取り下げるのと同じく再来年以降の審議に回らざるを得なくなるので、できるだけ準備期間を長く取ることができる推薦書の取り下げを選ぶのではないかと、僕は思っています。

そもそも「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」は、2003年に「奄美・琉球」として『知床』『小笠原諸島』と共に、日本の自然遺産候補に選ばれました。2005年に『知床』が、2011年に『小笠原諸島』が世界遺産登録されたのに対し、「奄美・琉球」では候補地の絞込みや国立公園などへの指定も進まず、長い間、足踏みをしたままでした。

  • 一足先に世界遺産登録された『小笠原諸島』

    一足先に世界遺産登録された『小笠原諸島』

――「奄美・琉球」は元々、『知床』『小笠原諸島』と同じタイミングで動いていたんですね。

世界遺産への動きが一気に進んだのが、第二次安倍内閣が誕生した翌月の2013年1月のことです。世界遺産地域連絡会議において、日本の世界遺産候補として暫定リストへの追加が決まり、申請書がユネスコの世界遺産センターに提出されました。しかし、普通は申請書が提出されると暫定リストに記載されるのですが、暫定リストへの記載が長い間、保留とされてしまいます。理由はいろいろと聞かれますが、確実な理由は分かりません。2016年2月に暫定リストへの申請書を再提出してようやく、掲載されました。

ここから、とんとん拍子で進んでいきます。2016年4月に西表島が、9月に沖縄島北部が国立公園に指定され、推薦書の提出期限である2017年2月1日の約2週間前に世界遺産として「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」と共に推薦されることが決定しました。奄美大島と徳之島が国立公園として指定されたのは、推薦書の提出後です。これって、なんだか大慌てな感じがしませんか?

普通は、推薦書の提出期限の約半年に開かれる世界遺産条約関係省庁連絡会議で推薦が決まり、仮の推薦書をユネスコの世界遺産センターに提出します。その後、年明けの正式な推薦書の提出直前に閣議了解を経て、正式な推薦書を提出します。「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」も、もちろんこの手順に従って推薦書が提出されました。自然遺産は好きなスケジュールで良いというわけではありません。この辺りで強引さを感じているのは僕だけじゃないと思います。

  • 奄美大島には、国内で2番目に大きいマングローブの原生林がある

    奄美大島には、国内で2番目に大きいマングローブの原生林がある

今回の勧告では、こうした大慌ての準備による問題点を指摘されたような気がします。米軍北部訓練場の返還地を推薦エリアに含むべきという指摘に、すぐに対応するのは難しい。返還地の調査もまだ充分とは言えない状況のようですし、いまだ返還されていない地域も残されています。

また、そもそも推薦エリアの全体的な見直しが求められていますので、じっくりと時間をかけて推薦書を作り直すというのが良いと僕は考えています。この地域には世界遺産に登録して守っていくだけの価値があると思っているので、慌てて登録を目指すことで、地域のイメージも含めて損なわれることがないようにしたいですね。

筆者プロフィール: 宮澤光

世界遺産検定を主催する世界遺産アカデミーの主任研究員。イタリアの小説や映画、音楽、サッカーに惹かれながらも留学はなぜかフランスへ。ヨーロッパから世界各地の文化へと思いを馳せる毎日。世界遺産を「学ぶ」楽しさを伝えようと、世界遺産アカデミーHPにて「研究員ブログ」を連載中。

世界遺産検定とは?

世界遺産の背景にある歴史、文化、自然等の理解を深め、学んだことを社会に還元していくことを目指した検定。有名な観光地のほとんどは世界遺産になっているため、旅の知識としても役立つと幅広い世代に人気。
主催: 世界遺産アカデミー
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開催地: 全国主要都市
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