ネット上にある誰かの心配の痕跡
杉山: そうですね。子どもの発達のプロセスによって心配する内容がいろいろ変わってきます。昔の村社会だったら、近所に子育て経験の豊富な元"肝っ玉母ちゃん"がいて、「ここは心配しなくていいのよ、大丈夫だよ」と教えてくれたものです。ですが、今はそんな安心感を与えてくれるベテランが周りに少なくなっています。
それで、みんな心配になってしまって、心配事をネットに書き込んでと、どんどん心配事が広がってきています。心配しないといけないことがあるのは確かです。だから、心配しないといけないことを知っておけるかどうか、ということなんだと思います。
小池: 自分は犯罪を犯すような人にはならなかったから、父・母がやってきたことを最低限守っていればいいかな、という認識しかまだないんですよね。でも、「それじゃ甘いんだよ」「危険もいっぱいあるんだよ」ってことも聞きますよね。お母さんたちがパニックになってしまうのも分かるような気がします。私には、「母親になる覚悟はできている」という想いもありますが、実感しないと分からないという部分も多いですよね。
「母としての物語」の本質
――実際、今回のドラマの役柄である「麻子」を通じて実感した心の変化はありますか。
小池: 幼い子がひとりきりでいて、もし虐待されているという可能性があるとしたら、どうにか救ってあげたいという気持ちになるのも分かるなって思いました。うみたかったけどうめない身体の人だったら、なおさらですよね。そこにまだ執着があったら、これは罪かもしれないけど、わが子として育てたいっていう気持ちは強くなるのかなって。妊娠は女の人にとってすごくデリケートなところなので、立場によって捉え方は違うんだろうなと思います。
杉山: 小池さんがそのように感じるのは、ある種の「母としての物語」の始まりなんだと思います。人間はみんな、「自分の物語」を生きています。自分が主人公の物語が何個かあるんです。「母になる」ということは、そのいくつかある物語の中に、「母としての物語」がひとつ増えるんです。この「母親としての物語」というのが強力な物語で、自分が今まで築いていた物語が引っかき回されてしまいます。
子どもって想定通りに成長することはまずないので、想定外なこともあれこれやるんですよね。想定外なことに自分の物語がどんどん引っかき回されて、崩されていく。でも、それが「母としての物語」なんです。この物語を受け止められるどうかが、子育てが楽しくなるか辛くなるかのポイントなんですよね。
小池: 受け止められるか、ですか。子どもをうんだ人から「自分の命よりも子どもは大切」という言葉をよく聞きますが、私はまだ、その気持ちが分からないんだと思います。
杉山: 私も最初は分からなかったんですが、子どもをもつと分かっちゃうんですよ。もちろん男性でも。
小池: やっぱりそんなものなんですか。申し訳ないんですけど、正直、親のためだって命を投げ出せるかは分からないですし、ましてや、主人なんて論外だと思ってしまいますし(笑)。そんな、「私の命だし」って思ってしまうんですよね。
杉山: 「自分という物語がここで断ち切られても、子どもの物語が続けばいい」って思えるんですよね。確かに、私自身はうんでいないんですけどね。
心理学的に言うと、人間の成長プロセスの中に、次世代に未来を託したくなるという欲求があります。通常は、中年期以上にこの欲求が芽生えてきます。若い人を育てようとか、後輩に自分が築いてきた仕事を分け与えようとか、そうした気持ちもそうです。
親になると、人生の黄昏(たそがれ)時が近づいた時に感じるこの感情が、一気にドバーって爆発するんですよね。それが全部子どもに向かうので、「子どものためなら死んでもいいかな」くらいに思ってしまう。不思議ですよね。
小池: 不思議ですね。でも、チャンスがあるなら、そんな感情を味わってみたいです。
次回のvol.6では、小池栄子と杉山崇氏の対談後編として、「生みの親」「育ての親」をテーマに語る。
『母になる』(日本テレビ系、毎週水曜22:00~) |
"母になる"こと
vol.1: 母になって、自分は変わったと思う?
vol.2: 自分に母親として点数をつけるとすれば何点?
vol.3: 無条件で愛したい! 母親になって実感した喜びは?
vol.4: 自分の時間はいずこ……母親になって実感した息苦しさは?
vol.5: 小池栄子が描く「母」、心理学者が語る「母としての物語」
vol.6: 小池栄子×心理学者が語る「生みの親」と「育ての親」の未来
vol.7: 2児のママ・板谷由夏が"怪獣たち"から学んだこと
vol.8: 毎週泣けると話題のドラマ『母になる』は、母と子の神話に別視点を示す物語
vol.9: 役者それぞれのリアルが現れた、ドラマ『母になる』