音楽に耳をすませ、昭和な時間をじっくりと

時の重みを感じさせる建築と木製の調度品。蓄音機から流れるクラシック音楽を聴きながらコーヒーの湯気をくゆらせる午後。名曲喫茶とは、そんな時間を過ごせる場所だ。そこで今回、今では貴重となった東京都内の重厚な名曲喫茶4店を紹介しよう。

まさに名店! 劇場のような名曲喫茶

名曲喫茶と言って外せないのが「名曲喫茶 ライオン」(渋谷区)だろう。渋谷の一角にありながら、まるで中世の古い館といった店構えで、渋谷にもこういった店の並ぶ時代があったのかと、在りし日の街の姿を思い浮かべてみたりする。

名曲喫茶ライオンは創業昭和元年(1926)という老舗だ。一度は東京大空襲により全焼するも、創業時と同様のデザインで再建したという。薄暗く重厚な店内は近年に見るカフェとは全く異なった面持ちで、まさに"喫茶店"。そのあたりはどの名曲喫茶にも共通するものがある。

それぞれの座席は少し狭く、テーブルも小さ目。それが余計に昭和っぽく、内装と非常にマッチしている。内部は2階建てだが吹き抜けになっているためかなりの広さを感じるだろう。実際、2階には約60席も用意されている。ボックス席以外は前方のスピーカーを向いていて、まるでミュージックホールのようだ。

数人で行くなら向かい合ったボックス席がオススメ。1階2階のいずれの席でも音楽は変わらず堪能できる。もちろん大声は禁止なのだが、そう言われなくてもついヒソヒソ声になってしまうような落ち着きがある。ひとり、もしくは少人数でしっとりした時間を過ごしたい時に最適な場所だ。場所は各線の「渋谷駅」から徒歩10分ほど。

外観と店内のギャップにびっくり

「外見だけでは判断できないこともある」というのは人でもお店でも同じこと。時に、開けてビックリなお店があったりもする。それが「ルネッサンス」(杉並区)だ。入るべきか入らざるべきか、一瞬考えてしまうような普通の雑居ビルの地下にこの名曲喫茶はある。創業2007年ながら、足を踏み入れればすでに老舗の風格を感じるだろう。

実はこのお店、もともとは中野にあった往年の名曲喫茶「クラシック」の後継店としてオープンしたもの。クラシックから受け継いだ手作りの蓄音機や年代物の調度品で店内は埋めつくされているという。客席には段差が付けられ、それぞれの席によって見える風景が違うのも面白い。何度も訪れて全ての席を制覇してみたくなるかもしれない。

心を落ち着かせる暗めの照明はじっくり音楽を楽しむにも、考えごとをするにも良さそうだ。知らぬ間に根が生えてしまい、気付くと数時間が経っていた、なんてこともあるかもしれない。

メニューはコーヒー、紅茶、ジュースの3つのみ。そして食べ物の持ち込みOKという一風変わったシステムだ。しかし、これは名曲喫茶が流行っていたころには主流だったという。音楽のリクエストをしたい場合は黒板に記入しておこう。最寄り駅はJR中央線「高円寺駅」。そこから徒歩5分ほどのところにある。

●information
ルネッサンス
東京都杉並区高円寺南2-48-11堀萬ビルB1F

豊かな音色にライブ演奏や朗読も

杉並区には時代の荒波を乗り越えて営業を続けている名曲喫茶が多い。ルネッサンスのある高円寺のお隣、阿佐ヶ谷にある名曲喫茶を紹介しよう。音響にこだわり抜いたお店「音楽とコーヒー ヴィオロン」(杉並区)だ。

店の奥にはオーナーこだわりのスピーカーがずらりと並ぶ。珍しいホーン型のスピーカーだ。それらにプラスして真空管のアンプも設置されている。これらはオーナーが海外で部品を手に入れて自作したものだそうだ。クラシックオルガンや蓄音機が置かれた店内は重厚感が満載。中央が一段低くなっているため、小さなミュージックホールといった雰囲気である。

ここではレコードのクラシックを楽しめるほか、ライブコンサートや朗読なども行われている。コーヒーにはミルクのほか、ブランデーを選ぶこともできる。大人の香りと優雅な音楽で楽しむ休日というのもいいかもしれない。昔ながらの喫茶店では珍しく、店内は全席禁煙だという。スピーカーを保護するためだそうだ。

実は隣にあるタイ料理店「ピッキーヌ」は同じオーナーが経営するレストラン。不思議な組み合わせだが、タイ料理の後におなかを落ち着けつつクラシック、というのも面白い。 場所はJR「阿佐ヶ谷駅」から徒歩5分。

新宿の名曲喫茶で語らう

クラシックはほどほどに、それでも老舗の風格は味わいたい。そんな時に訪れたいのが「名曲・珈琲 新宿 らんぶる」だ。

通常、名曲喫茶の目的となるものは音楽鑑賞のため、その音量は大きめで会話は必要最小限というのが暗黙の了解だ。しかし、らんぶるではBGMとして音楽がかかっているので、普段と同じ声量での会話で構わない。そして、照明は本が読める程度に明るい。

高い天井にはシャンデリアがあり、こじんまりとしたえんじ色のシートが並ぶなど、過ぎ去った時代を思うには十分な内装だ。メニューのトーストなどもオシャレというより"喫茶店"らしいざっくり感があるのがいい。

1階は喫煙、地下は禁煙と、完全に分煙されている。地下は200席あり、地下の中でも2層に分かれているため、どこに座ろうかと迷うのも楽しい。一番下の階層には中央の広々とした階段を下りていく。まるで古典映画のワンシーンのようだ。場所は東京メトロ「新宿三丁目駅」より徒歩2分、各線「新宿駅」からも徒歩5分ほどだ。

名曲喫茶の全盛期は昭和30年頃だったという。戦後の急成長で人々の心も豊かになってきた時代だ。そんな昭和の香りのする喫茶店で、カフェにはないひとり時間、もしくはふたり時間を楽しんでみてはいかがだろうか。

筆者プロフィール: 木口 マリ

執筆、編集、翻訳も手がけるフォトグラファー。旅に出る度になぜかいろいろな国の友人が増え、街を歩けばお年寄りが寄ってくる体質を持つ。現在は旅・街・いきものを中心として活動。自身のがん治療体験を時にマジメに、時にユーモラスに綴ったブログ「ハッピーな療養生活のススメ」も絶賛公開中。