時代劇「水戸黄門」で知られる水戸黄門は、日本で初めてラーメンを作らせて食べ、のちには自分でも作るようになった人物とされている。ラーメンを普通に食べるようになる300年も前の話だ。そんな、ロマンあふれる「水戸藩らーめん」を実際に食べてみることにした!

これが噂の「水戸藩らーめん」(950円、写真は「中国料理 金龍菜館」のもの)

水戸黄門はグルメで"変わり者"

水戸黄門像はJR水戸駅前の北口に設置されている

水戸黄門で知られる徳川光圀(1628~1701年)は進取の気象に富んだ人物だったらしく、ラーメン、餃子、牛乳、チーズ、ワインなどを好んだそうだ。日本でラーメンが定着し始めたのは明治の中頃と言われているので、300年くらい時代を先んじていたらしい。300年時代を先んじると、もう流行とかとは完全に無関係。きっと、ちょっとした"変わり者"だったのだろう。

光圀は、長崎に亡命していた明朝の儒学者「朱舜水(しゅしゅんすい)」を水戸藩に招き、教えを請うた。朱舜水は芥川龍之介の『歯車』にも名前が出てくる人物で、学問だけでなく漢方にも精通していたという。

この朱舜水が水戸黄門に伝えた料理、それがラーメンである。しかも、ただのラーメンではない。麺に小麦だけでなく、レンコンを混ぜて使っているのである。レンコンの粉は、中国から長崎を経由して取り寄せるといったこだわりっぷりである。

地元食材レンコンと5種類の薬味

農林水産省が公表している平成24年都道府県別レンコン収穫量によると、茨城県は3万500tで全体の54.2%をしめている。ちなみに2位は徳島県(7,380t)で全体の13.1%。いかに茨城県が"レンコン大国"なのかが分かるだろう。そして、水戸市にある「中国料理 金龍菜館」でも地元産のレンコンを使っている。ラーメンにレンコンを使う理由は「肝臓にいいから」ということらしい。

新市街に位置する「中国料理 金龍菜館」は水戸駅からは車で約15分。入り口には「水戸藩らーめん」の幟がたち、駐車場も広い

水戸黄門は、このラーメンを「うどんのごとく」と言っていたそうだが、そのラーメンを大いに気に入り、隠居していた西山荘で客人や家臣らにふるまったという。これが、元禄時代の世相風潮や生活の実態、気象などを今日に伝える『日乗日記(にちじょうにっき)』に記されている。「うどんのごとき」ラーメンは、5種類の薬味「五辛」をかけて食べる。「五辛」は、「ニンニク、ニラ、ラッキョウ(エシャレット)、ネギ、ショウガ(はじかみ)」で、どれも身体を温める効能がある。

この朱舜水のレシピが『朱舜水氏談○(○は言偏に奇)』に記されており、1993年に「金龍菜館」や同店に麺を下ろす川崎製麺所が中心になって再現したのが「水戸藩らーめん」(950円)である。レシピといっても、材料は書いてあったが手順はない。それを試行錯誤してかたちにしたのだ。

レシピに則り、麺には茨城県の地元特産品であるレンコンを混ぜ込んでいるため、麺が焦げ茶色というか濃い灰色のめずらしいラーメンとなっている。麺の見た目は、蕎麦のようにも見えなくない。

ラーメンの薬味に5種類の「五辛」が付いてくる

チャーシューはシイタケとともに

現在は川崎製麺所に水戸藩らーめん会の事務局があり、水戸市内近郊、および三鷹市、京都太秦に麺を提供している。各店舗ではこの麺にスープや具材を工夫して組み合わせ、独自の水戸藩らーめんを作っている。

「金龍菜館」では、スープに塩漬けの豚の腿「火腿」の金華ハムと醤油だしを使用。塩漬けの塩が醤油に溶け込んで、塩ラーメンと醤油ラーメンの中間くらいの薄い色をしたスープに、特製のレンコン麺が浮かんでいる。スープの香りはとてもよく、あっさりした食欲をそそる香りだ。

具材はシイタケ、メンマ、チンゲンサイ。そして、「どーんと大きくて見栄えもいいように」と語る店長で2代目の遠藤晋(すすむ)さんの言葉通り、どーんと大きめのチャーシューがのっている。シイタケが入るのは儒教のゆえんで、肉には必ず兄弟分として一緒になっているという。シイタケは濃いめに味つけしてあり、食べ応えも十分だ。こうした具材とともに、クコの実と松の実が彩りを添える。

食べると、麺とスープはかなりあっさりした味つけ。レンコンはほのかに感じるくらい。そのあっさりをチャーシューとシイタケががっちりパワフルにサポートする。

水戸藩餃子は水餃子なのに汁がない!?

「水戸藩らーめん」とあわせて食べたいのが、「金龍菜館」オリジナルの「水戸藩餃子」(600円)だ。鴨肉入り水餃子で、水餃子というものの汁がない。これも水戸黄門伝来で、朱舜水のレシピにあった餃子を再現し、想像力で作り上げた。

餃子の肉に鴨肉を使っているところがオリジナル。鴨肉の中央にはクコの実のほか、水戸の偕楽園で有名な梅肉も入っていてほんのりと甘い。皮は水分を多めに入れているため、汁なしでも柔らかいまま。この皮も川崎製麺所製で「餃子というと焼き加減によっては皮が固いことがあるが、水戸藩餃子の皮は口のなかでとろけるようにやわらかい」と、川崎製麺所の川崎一男社長はいう。

「水戸藩餃子」は600円。汁はないのだが、こちらは水餃子なのである

水戸藩餃子の断面。鴨肉の中央にクコの実が入っている。

名物・納豆とジャージャー麺のコラボも

水戸といえばもうひとつの特産品は納豆だ。「金龍菜館」では「水戸藩らーめん」をアレンジして、ジャージャー麺風の「水戸藩納豆汁なし味噌らーめん」(750円)も出している。

水戸駅前に燦然と掲げられた「納豆購入額日本一のまち 奪還!」の横断幕。たしかに水戸といえば納豆を連想する

もちろん、納豆好きのためのメニューなので好みは分かれるかもしれないが、食べてみると甘辛ねばねばで癖になる味である。「水戸藩らーめん」と同じレンコン麺の上に、細かく切ったひき割り納豆、そして、ひき肉たっぷりのジャージャー麺風辛口ソースがかかる。上に乗るのは、オクラ、ザーサイ、シソ、練り梅、大根とキュウリの千切りで、全部を混ぜて食べると、甘くて辛くて酸っぱくてねばねば。でもサッパリ、という複雑な味つけだ。

ジャージャー麺風の「水戸藩納豆汁なし味噌らーめん」(750円)

材料は同じでも、水戸黄門が愛したラーメンはもっと別のかたちをしているかもしれない。とは言え、当時の食文化を知る貴重なラーメンを水戸で感じてみるのも面白いだろう。

●information
中国料理 金龍菜館
茨城県水戸市米沢町237-15

※記事中の情報・価格は2014年11月取材時のもの。価格は税別

筆者プロフィール: ベル・エキップ

取材、執筆、撮影、翻訳(仏語、英語)、プログラム企画開発を行うライティング・チーム。ニュースリリースやグルメ記事を中心に、月約300本以上の記事を手がける。拠点は東京、大阪、神戸、横浜、茨城、大分にあり拡大中。メンバーによる書籍、ムック、雑誌記事も多数。