大ピンチで放った起死回生の一手
ピンチに陥った佐藤六段は、自陣の駒を取らせている間に先手玉に迫るという勝負に出る。これがうまくいけば「肉を切らせて骨を断つ」のことわざ通りに先手玉を仕留めることができるだろう。
だが、コンピュータはこうした勝負術に対しては努めて冷静だ。ツツカナの評価値も先手の+700ほどまで差が付き、控室は諦めムードに包まれていた。しかし、佐藤六段が放った次の一手で状況は一変する。
ここは重要な局面なので変化を詳しく考えてみたい。
まず△6四歩の前の局面で後手が指したい手は△1五角の王手だ。先手玉に逃げ道はなく、▲2六歩は△同角▲2七玉△1八とで危険。しかし、△1五角には▲2六金(あるいは銀)と合駒する手がある。以下△同歩に▲1五飛と根元の角を取られてしまうのだ。
この変化を踏まえると、図の△6四歩の意味がわかる。この歩を▲同飛と取ると飛車の横利きがそれてしまい、△1五角に▲2六金から角を抜く筋がなくなってしまうわけだ。といって飛車を横にかわすのも▲2五飛には△2三香、▲8五飛には△7三桂と追われてやぶへびである。飛車を横にかわした変化では、6四に歩が残るのも大きい。先手の8六角の利きが一瞬止まってしまうのだ。
△6四歩には、やねうら王がそうしたように▲6四同角と取るしかない。そこで△6三香と角と飛車を串刺しにした局面がまた重要になってくる。
少し前の局面でやねうら王は△6三香の局面を予想し、▲3一角成として問題ないと判断していたという。だが▲3一角成には△同銀と角のほうを取れば、次に△2八角の一手詰めが生じてしまううえに、△6五香と飛車を取る手も残っている。対して▲2五飛と飛車取りを避けつつ、▲2六玉と上部に逃げ道を開ける手もあるのだが、それには△2四歩と冷静に対処して、飛車が逃げれば△2八角▲2六玉に△3八竜と銀を取る手が再び詰めろになって、後手の勝ち筋である。
△6三香に▲3一角成とはできない。コンピュータがこんな簡単な詰み筋を見落とすというのは意外だが、評価を担当していたツツカナも△6三香の局面で評価値が急変しているので、コンピュータならではの落とし穴が存在していると見るべきであろう。
評価値が急接近するも……
△6三香を放ってツツカナの評価値は先手の+700点台から+100点台まで急接近した。点数的には互角と言っていいだろう。そして、人間同士の対局なら、形勢が急接近すれば流れ的には追いついたほうが俄然有利である。
しかし相手はコンピュータ。動揺という概念はない。また、消費時間の差も大きかった。△6三香が放たれたのは19時前のことだったが、この時点で残り時間はやねうら王が2時間16分、対して佐藤六段は30分しか残っていない。評価値の差は100点と少し。通常は誤差の範囲とされる差だが、この終盤で時間切迫の状況では、果てしなく遠い100点だった。
ツツカナの評価値がほんの少しずつ、やねうら王に振れていく。19時52分、80手目の考慮中に佐藤六段の持ち時間が切れた。ここからは1分将棋(一手を60秒未満で着手しなければいけない)である。
佐藤六段が1分将棋に入って数手後。ニコニコ生放送の木村八段が「冷静な好手」と評した手が図の▲7五歩だ。この手でツツカナの評価値は先手の+1000点を超えた。将棋は終わったのだ。
電王戦の未来は豊島七段に託された
本局は内容的には悪いものではなかった。序盤を冷静に乗り切って作戦勝ち。仕掛けのタイミングも良かった。たったひとつの見落としさえなければ――。
だが、たったひとつの見落としで負けるのが将棋という勝負だ。そしてもちろん、プロ棋士はそのことを誰よりも分かっている。会見で佐藤六段は「プロが弱いのではなく、僕が弱かった」と語っている。それは偽らざる気持ちだろうが、世間は「プロがコンピュータより弱い」と見るだろう。
プロ棋士が威厳を取り戻すには、次戦に勝つしかない。将棋界の未来を担う逸材とされる豊島将之七段。全ては彼に託されたのだ。
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