WOWOWで12月1日から放送される角田光代原作の連続ドラマW『かなたの子』。1泊2日の富士登山ツアーを通じて浮き彫りになっていく、参加者たちの心の"闇"を描いた見ごたえのある人間ドラマである。参加者の一人であり、愛する娘を手にかけてしまった重い過去を持つ女性・豆田日都子を演じた坂井真紀と、大森立嗣監督に話を聞いた。

坂井真紀(左)と大森立嗣監督

――坂井さんが今回演じられた日都子は母親として、そして人として大きな十字架を背負いながら山を登りますが、坂井さんも同じ娘を持つ立場として彼女に何か思うことはありますか?

坂井真紀「"ある一線"を越えるか越えないかで人って分かれると思うんですけど、日々、母親による子供への虐待などのニュースを見ると、どうにかならないのかなって感じることが多いですね。決して他人事ではなく、自分が母親になったことにより、余計にそういう思いは強くなって。私の娘は今2歳で、この役をやることについては周囲から心配もされたのですが、私はこのドラマをやって、うまく言葉にできませんが、この言葉にできない“何か”を、見てくださる方々に渡したいと思いました。」

――大森監督からは坂井さんに何かアドバイスといったことは?

大森立嗣監督「クランクインの前に1回だけ、本当に短い時間でしたけど話をする機会があったので、『あまり頭で考えず、現場で反応して欲しい』とは伝えました。日都子のしたことは頭で考えても分かるようなものではないし、そもそも理屈じゃない。人の心の中には、道徳や法律などでは収まり切らない"何か"があるんだけど、今の社会においてはみんなそれを上手に処理し切れていない感じがするんですよね。やっぱりセリフに血を注ぎ込むのは俳優なので、実際にどういうふうに感じるのか、このセリフをどう思うのか、どういう表情をするのかは、その場で僕も発見していく感じでした」

――この作品で描かれているテーマについてはいかがですか。

坂井「どこかに埋もれてしまっている届かない叫び声を届けられたらいいな、という思いは女優としていつも持っています。主役にならないような人が主役になるところに惹かれたり。それこそが私たちの生活ですし、身近にある些細なことを女優として表現出来たらいいなって思っていて。だから、このドラマのテーマには強く共感して、このドラマの叫び声を届けられたらいいなと思いました」

大森「僕はあまり難しいとは思わないですけど、作りながら本当に日都子という女性が前を向いていいのだろうか、ということは考えていました。ただ、はっきりした答を僕は持ってないし、見てる人の誰も答なんて持てないはずなんです。そんな"分からないもの"に向かうことがホントは生きていることだと思うんですが、今の時代は"答のあるもの"にしかみんな反応してないような気がするんですよね」

坂井「日都子の場合、生きていかなければいけないし、『生かされている』という言葉がふさわしいのかもしれないですね。先ほど監督が言った言葉は彼女を演じるにあたってヒントになりました。『よく分からない感情』をきちんと表していくべきで、理由が分かるとこのドラマはきっと狭いものになってしまうのではないでしょうか。彼女は、これからがこれからどのようにでしょうかね。私は、撮影を終えて、人を助けられるのはやっぱり人しかいないんだなって思いました」

――今回の作品は、今年6月に世界遺産に登録された富士山で登録後初のドラマ撮影となったそうですね。

大森「富士山の風景がものすごいんですよ、やっぱり。言葉にするのがすごい難しいですけど、本当に荒涼としていて、この作品に出てくる人たちにはどこか合っているんじゃないかなって思いますね。心象風景としても、彼らはこういう岩場に立っている方が似合うというか。でも、確かに厳しいですけど、頂上に着くと重い過去を抱えた彼らの前にも陽が昇るんですよね。それをいったいどういう顔で見るのだろうなと思いながら撮ってました」

――撮影で最も大変だったことは何でしょうか。

大森「一日、台風と撮影が重なった日があったんです。山小屋でスタッフとキャストが一つの部屋に集まって、こっちでメイクしてたり、こっちで揉めてたりして……それは奇妙な景色でしたよ(笑)」

坂井「高山病にならないようにしたりとか、とにかく自分の健康管理に注意をしましたね。それを怠って迷惑をかけることは絶対に出来ないし、ケガも出来ませんし。自然と向き合うという緊張感は確かにありました」

大森「普段、作品を撮っている時は『このシーンには曇り空が似合うな』とかいろいろこだわるんですけど、この作品の場合はそういうこと言ってたら絶対に撮りきれないじゃないですか。突然ものすごい霧が発生したり、全然言うことなんて聞いてくれなかったりしますし。ドキュメンタリーはまだ撮ったことがないですけど、半分そのつもりでやってましたね」

――改めて、登山を通じて発見したこと、強く感じたことはありましたか?

坂井「登山って自分と向き合う場なんだなとつくづく思いました。『ヤッホー!』みたいな世界じゃ全然なかったですし、自然は厳しいし、やはり日本一の山ですから、高くて大きかったですね。痛感しました」

大森「僕はたまに山登りするんですけど、いつも思うのは人間って一歩間違えたらちょっとしたことですぐに死んじゃうんだ、ということ。ですから、山を登っていると『生きてる』っていう感じがすごくするんですよ。同時に自然に対する自分の『小ささ』も感じます。普段ずっとはキツいですけど、たまにはそんなことを感じるのもいいかなって(笑)」

――物語の最後、日都子たち登場人物は山頂でそれぞれ「光」を見ます。お二方にとっての「光」とは何でしょうか?

坂井「そうですね……やっぱり仕事をしてる中では、監督だったりスタッフの"笑顔"ですね。次に進める、私にとっての光です。もちろんそれに限らず、人の笑顔は嬉しいですよね。すごく大きな光だなって思います」

――そこには当然、坂井さんの娘さんの笑顔も……。

坂井「もちろんです(笑)」

――では、大森監督はいかがでしょう。

大森「光とはちょっと違うかもしれないですけど、役者がいい芝居して、それをうまく撮れた時はやっぱり嬉しいですね。その場でそのキャラクターが生きてるというか、呼吸してるなって感じがするんですよ。その瞬間、演技というものを超えて『あ、この人、カットがかかるまで今、ここに生きているんだ』って思うんです。この仕事やってて良かったなって思う時ですね」

連続ドラマW『かなたの子』はWOWOWにて12月1日(日)22:00~スタート(全4話) ※第1話無料放送