エアバス本社があるフランス・トゥールーズは、ピレネー山脈からボルドー方面にかけて広がるミディ・ピレネー地方の中核都市。航空宇宙産業の中心地というと工場地帯のような殺風景な響きがあるが、その素顔は、豊かな歴史文化が息づく魅力的な古都である。

レンガ造りの街並み、自慢の料理

トゥールーズ中心部、旧市街地。色鮮やかなレンガ造りの建物が連なる

トゥールーズの街並みは、市街地を流れるガロンヌ川の粘土を焼き固めたレンガで造られており、鮮やかな色彩から"バラ色の町"の名で呼ばれている。切り出した石で造ったパリの白い街並みとは実に対照的だ。建物の外観はどことなく重厚で威圧感があるが、ひとつひとつの商店は明るく魅力的で、商店街も広場も大勢の人でにぎわっている。

日が暮れてからは、広場に面したレストランが次々と開いて、郷土料理とワインに舌鼓を打ちながら夜遅くまで家族・友人と談笑する人々の姿が見られる。 フランス諸都市のご多分に漏れず、トゥールーズも料理自慢の町で、カスレ(白インゲンやソーセージを使った煮込み料理)、フォアグラ、ガチョウやカモ肉のコンフィ(肉を低温の油で煮揚げる料理)など、おいしい料理には事欠かない。

日が沈むころ、レストランのテラス席はにぎわいを見せ始める。市庁舎前広場

特産品としては、湾曲した美しい形状を持つライヨール・ナイフや、トゥールーズ一帯で採取されるスミレを用いた香水や石鹸などがある。

トゥールーズは大学都市としての顔も持ち合わせている。市内にはトゥールーズ大学、トゥールーズ・ル・ミライユ大学など複数の学校が集まり、学問・研究が盛んにおこなわれている。

2000年以上の歴史をもつ古都、航空宇宙の街へ

藍染料で財を成した富豪たちの館のひとつアセザ館。現在は美術館になっている

古都トゥールーズは2000年以上の歴史の上に成り立っている。 紀元前3世紀ごろ、中央ヨーロッパ発祥と目されるケルト民族の一派が、現在のトゥールーズに居住地を構えた。紀元前2世紀、ローマ軍がこの地を支配し"トロザ"と命名する。5世紀、西ゴート族の一派が支配権を奪い、トゥールーズを首都とした"西ゴート王国"を建国。その後、フランク王国(現在のフランス・ドイツ・イタリアの母体となった国)の支配下に入った後も、トゥールーズは独立性を強く維持したようで、12世紀に市議会が自治権を獲得すると、その支配体制はフランス革命まで約600年に渡り継続した。

16世紀には、ガロンヌ川を伝った藍染料(パステル)交易の中心地となり、経済的な繁栄を謳歌。交易で富を築いた富豪たちの館は、今もトゥールーズ市内に50軒ほど残っている。そのうちのひとつ、ガロンヌ川の近くに立つアセザ館は、現在はバンベルグ財団美術館として一般公開されており、往時の繁栄をしのばせる邸内で美術品を鑑賞することができる。

多民族都市であり、強い自治の意識と伝統を持ち、国際交易都市として繁栄した──こうした歴史が進取の気性を育んだのか、20世紀に入ると、航空輸送の分野でもフランスをリードする動きが起きる。フランス初の航空郵便会社Aeropostaleの誕生だ。 「星の王子様」の作者として有名なアントワーヌ・ド・サン=テグデュペリもパイロットとして勤務していた同社は、航空会社のパイオニア的存在であり、スペイン、モロッコ、さらには南アメリカとの間に定期路線を確立し、郵便配達事業を展開した。このことが航空機関連産業の集積をもたらし、「のちにトゥールーズでアエロスパシアル、コンコルド、エアバスといった航空機産業が興るきっかけをつくった」(エアバス本部ディレクター、デイヴィッド・ヴェルピライ氏)。

藍染料交易の舞台となったガロンヌ川。トゥールーズを彩るレンガも、この川の粘土から造られている

国際交流の中で発展

トゥールーズを中核とするミディ・ピレネー地方は2004年、東隣のラングドック・ルシヨン地方、スペインの自治領であるカタルーニャ地方、アラゴン地方、バレアレス諸島とともに、国境を超えた地方行政連合体「ユーロリージョン」を形成。 ユーロリージョンとは、隣り合った地域同士であれば、国は異なっても、遠く離れた首都よりも利害や問題意識を共有しやすいことから、より地域密着の政策を実行できるよう地方同士で国際連携を深めようというEU諸国の取り組み。 「未来に対して一緒に向き合い、共通の解決策を見出すため、域内1,300万人が、これまで以上に密に対話を進めていく」(ミディ・ピレネー公式サイト)との意志は、新たな交流を生み出していくだろう。 それはトゥールーズの航空宇宙産業にとっても、次の進化の種となるに違いない。

トゥールーズ市庁舎。強い自治の意識と伝統の上に、ユーロリージョンという国境を越えた地方自治も始まっている