押井監督が『イノセンス』に込めたテーマ

番組中盤、川上氏から「映画は2時間あったとしたら2時間とられてしまう。それが嫌で今まであまり見てこなかった」という発言が飛び出した。

川上氏はとにかく筋書きにしか興味がなく、本と違って自分でペースを作れない映画は苦手だったという

これに押井監督は「2時間の映画を退屈だって思いながら見たら長く感じる。でも『自分だったらこうするのに』とか考えながら見ると飽きない。物理的な時間ではなく、自分の中では違う時間が流れている。それができるから映画だ」と述べ、そこから映画制作論へと話を展開させた。

そもそも"表現"とは「どういう構造を映画に持たせるか」であると語る押井監督。

「映画の要素は3つしかない。キャラクターとストーリーと世界観。この三角形のてっぺんにどれを持ってくるかで映画の種類は変わる。以前アメリカで某監督が言っていたが、ハリウッドではキャラクター、ストーリー、世界観の順番で作らないと成功しないのだとか。でも僕は逆だと思う。まず世界観があって、キャラクターがいて、最後にストーリーがくる。ストーリーはもう出尽くしていて、一説によると26種類しかない」

そうした押井流のスタイルで生み出された作品の一つが、2004年に公開された『イノセンス』だ。

鈴木氏によると、実は『イノセンス』は押井監督がマッサージに通っていたことが発想の起点になったのだという。現代では、人類は多かれ少なかれ機械の恩恵を受けて生きている。ではその恩恵が増えたらどうなるのか――その発想から『イノセンス』の世界観が生み出された。

さらに押井監督は、『イノセンス』のもう一つのテーマは「人間にとって身体とは何か」という問いであると明かす。

世界観を三角形のてっぺんに置くのが押井流

押井氏:「自分も体調が悪くて、不健康だった。攻殻機動隊が終わった頃、犬を飼い始めて、そのとき犬は自分の体をどう認識しているんだろうと思った。機械の身体と、人間の身体と、犬の身体、その3つはどう違うのかという話が『イノセンス』」

押井監督が述べる「身体」は、いわゆる「肉体」のことではない。

押井氏:「身体は、自分自身が存在をどう認識しているかを意識してはじめて立ち上がってくる。電車に乗っている人なんかはみんな、自分の身体を持っていない。じゃあ身体ってなんだとなったときに、動物が一つのモデルになった。動物には自意識がなくても身体があり、身体として存在している」

また、鈴木氏から「脳」についての質問を受けると、押井氏は「人間の実体が脳にあるというのは間違い」と強く否定。「脳は胃や肝臓と同じデバイスの一つにすぎない。人間を人間たらしめているのは言葉。文字から獲得したのか、自分の身体から獲得したのかという違いだけ」と主張した。……続きを読む