テクノロジーが進化し、AIの導入などが現実のものとなった今、「働き方」が様変わりしてきています。終身雇用も崩れ始め、ライフプランに不安を感じている方も多いのではないでしょうか。

本連載では、法務・税務・起業コンサルタントのプロをはじめとする面々が、副業・複業、転職、起業、海外進出などをテーマに、「新時代の働き方」に関する情報をリレー形式で発信していきます。

今回は、インドネシアのバリ島でデベロッパー事業を、日本では経営戦略・戦術に関するアドバイザーも行っている中島宏明氏が、一般社団法人日本福祉事業者協会理事・奈良有樹氏にインタビューを行いました。

  • SDGs時代における社会福祉起業

奈良 有樹(なら ゆうき)氏 プロフィール
社会福祉法人で10以上の福祉事業の経理・経営企画として、介護・福祉の分野での部門別採算制度の導入や会計監査への対応など先進的な取り組みに従事。赤字6,000万円の介護施設を1年で2,000万円の黒字に転換させた実績をもつ。2019年からは障がい者向けグループホームの事業会社の社長に就任、同社の業績の立て直しを成功させMBOを成立させる。

他方、メンタルコーチとして就労困難者の一般就労や社会復帰の支援にも携わっており、現在は一般社団法人日本福祉事業者協会の理事として他業界からの参入支援と、福祉事業者の事業安定化、品質向上のための教育プログラムの企画開発、プロデュースも行っている。

はじまりは「会計」の専門家として

中島宏明(以下、中島):福祉事業というと、「福祉は自己犠牲の精神が大事」「利益のことを考えるのは悪いこと」などのような風潮があるように感じます。しかし、経営を持続させることができなければ、むしろ利用者の方々やそのご家族の迷惑になりますよね。そのため真摯に福祉活動に取り組むためには「ビジネスとして成功させること」が重要ではないかと思います。

奈良さんは長く福祉業界に携わっていらっしゃいますが、今日はそのあたりのことも伺わせてください。まず奈良さんは、どのようなきっかけで福祉の世界に入られたのでしょうか?

奈良有樹氏(以下、奈良氏):もともと私は登校拒否で、成人してからも仕事を転々としていたんですよ。いってみれば一般世間的な"真っ当な道"を歩んでいない。それで、パソコン教室の講師をやっていた 28歳の頃、急に「大学に行こう」と思い立って、大学で会計学を学びました。会計の知識を身につけて、じゃあそれを活かした仕事をしようと思って就職先を探していて、たまたま見つかったのが、介護や障がい者支援などさまざまな福祉事業を行う社会福祉法人でした。

  • 奈良有樹氏

中島:最初から福祉を志していたというよりも、始まりは「会計の仕事をしたい」ことだったんですね。

奈良氏:そうですね。ただその頃、祖父が脳梗塞で突然亡くなってしまう出来事があって……。私にとってはとても大きな存在であった祖父の最期に、何もできなかった、お別れもちゃんとできなかったという後悔がずっとありました。だから福祉や介護の世界に入るというのは、祖父にしてあげられなかったことをしたい、という気持ちもどこかにあったのでしょうね。

中島:社会福祉法人ではどのような仕事をされていたのでしょうか?

奈良氏:私は会計の専門家だったので、現場よりも主に裏方としての仕事をしていました。経営を取りまとめる戦略推進本部での業務です。そこで取り組んだのは、まさに「経営の改革」でした。ユニットごとに毎月決算を出すという、稲森和夫氏が提唱した「アメーバ経営」を実践し、収益性を考えたサービスを提供するように各ユニットにはっぱをかけることをしていたんです。

福祉は「お金のこと」を考えてはいけない?

中島:「改革」では、どんなことがハードルになりましたか?

奈良氏:福祉法人で一緒に働いている人たちは、何というか「目の前の人を助ける」ということに生きがいを感じている人が多かった。要するに「お金だとか経営だとかは問題じゃないんだ」といった気持ちで働く人たちですね。

「お金の問題じゃない」というと、一見純粋で崇高な姿勢に見えますが、裏を返せば、お金に対して無頓着ということ。「人のために尽くしているんだから、残業するのは当たり前のこと」「残業って、良いことでしょ?」なんて。たとえば老人介護施設のスタッフが定時で上がろうとしても、利用者のご老人が急に話しかけてくることもありますよね。そこで世間話に付き合って「3時間残業しました」なんてことも。そのたびに残業代がかかってしまっては、丸赤字なわけです。それでも「それの何がいけないの?」という意識があったんです。

中島:仕事の捉え方の違いですね。

奈良氏:とはいえビジネスですから、お金の問題に無頓着では当然経営は苦しくなってくる。お金のことを気にせずに経営を続けられるわけがない。そこで会計担当である私が「お金の管理をしっかりしましょう」「ちゃんと収益をあげましょう」「もっと時間管理をしましょう」と、先頭に立って号令をかける必要がありました。

中島:現場からの反発もありそうですね。

奈良氏:正直、めちゃくちゃ反発がありました(笑)。「人のため、お客様のためにがんばって働いているのに、お金のために働くなんてできない」なんて。各セクションの会議に出向いて制度を変えることを説明する際、そこでも現場スタッフから「私がやりたいことはそんなことじゃないんです!」と涙ながらに訴えられたり、「お金のことばかりうるさく言いやがって」と白い目で見られたり。「この金の亡者!」なんて思われていたかもしれません。

「持続」できなければ福祉の意味はない

中島:スタッフの方々のそういった「お金じゃない」の意識はどうやって変わったでしょうか?

奈良氏:まず私のほうから"フィロソフィー(哲学)"を語るようにしました。要するに「『お客様を幸せにしたい』という想いはあなたたちと一緒なんですよ」ということをわかってもらえるように話をしたんです。

そのうえで「今やっていることが『持続』できなくなったら、それはお客様を見捨てることになりますよね」「事業として回らないと、持続できないんです」「持続できない福祉なんて、意味がないでしょう?」「だから私の提案するビジネスとしての視点も受け入れてください」と。毎月の会議で部門のリーダーにレクチャーして、それを現場に落とし込んでもらいました。その結果、組織全体が現場と運営のそれぞれの立場を統合した、一段階上の視点を持つようになったんです。

最近では、SDGs(持続可能な開発目標)という国連が定める国際目標ができたので、"持続性"というキーワードが理解されやすいかもしれませんが、当時はまだSDGsという国際目標がありませんでしたから、理解してもらうのには時間がかかりました。

中島:現場では、どのような変化がありましたか?

奈良氏:有料老人ホームの入居者の方にサービスを提供するイベントチームがあったんですが、そこはたとえば「参加費1500円で利用者のみんなで旅行に行く」といった催しも行っていて、当然採算なんて取れるわけがないんですね。それを「もっと収益性を考えよう」と、しっかりと採算に見合う参加費をいただくようにしました。

最初は抵抗されましたね。「なんでそんな面倒なことまで考えなきゃならないの?」って。でも、アメーバ経営でユニットごとに数字を出さなければならない状況を進める中で、スタッフも自分たちの売上を意識するようになりました。売上を出すためにいろいろなアイデアを出して実行したり、経費を気にするようになったり……。ある意味、まともなビジネスの在り方になったわけです。その結果、お客様に喜ばれる企画が次々生まれました。

また、福祉の世界において、介護の入居施設は「空き部屋があるほうがいい」という考え方があります。余裕があるほうがひとりひとりのお客様に手厚くサービスできますから。だから入居者が増えるたびに現場スタッフからは不満が出ていたんです。でもみんなが数字を意識するようになってからは、「満室にしなければちゃんと利益が出ないんだ」と、スタッフの考え方も180度変わりました。施設を見学に来た人への対応や玄関の飾り付けなど、様々な工夫で入居者を増やす努力を始めた。「ちゃんと利益が出て、ビジネスとしてうまくいくことが福祉としての成功でもあるんだ」ということをスタッフにもわかってもらえたわけです。

中島:しかし、そのことでスタッフの負担が増えたりもするのでは?

奈良氏:新たにやることができた代わりに、やらなくてもいいことをやらないようになった。たとえばかつては「自分の仕事は備品を発注することだから」と、やみくもに余計な発注を繰り返して、備品があふれたりしていたものです。でも「利益を出して、事業を継続していかなければならない」という意識が生まれてからは、そういった無駄な作業や出費もなくなりました。

中島:「お金」のことを考えることで、サービスや働き方も変わっていくわけですね。

奈良氏:結局、お金の視点を持たないとサービスの質も向上しないんです。このことはビジネスでは当たり前のことであるはずなのに、福祉のビジネスにはその視点があまりない。福祉のサービスを提供する側がやりたいことを……厳しい言い方ですが"自己満足"だけでやっていたら、一部のサービスは増えてもその他のサービスは増えないことになります。

たとえば就労施設でも、利用者を雇用をしない『就労継続支援B型事業所』は多く、雇用して最低賃金を保証するためにビジネスとしての経営力が決め手になる『就労継続支援A型』はそれに対してかなり少ないんです。もちろんB型事業所を必要とする人も多くいますが、A型事業所で自立のためにしっかり働きたいという人の受け皿を広げることはとても重要です。

ビジネスの視点を入れ、ちゃんとビジネスとして成り立たせることで、日本の福祉はさらに昇華されるだろうと考えています。

福祉で「三方良し」の世界を実現させるために

中島:奈良さんからみる福祉事業の魅力、意義とはどのようなものでしょうか?

奈良氏:私が社会福祉事業の法人で障がい者福祉に最初に関わったのは「ユニバーサル就労」という「いろいろな人に就労の機会を与えましょう」という取り組みでした。その一環として、就労困難な人を受け入れて働いてもらう、ということをやっていたのですが、そのときに来てもらった3人が3人とも、一般就労ができるまでに成長してくれたんです。もちろんご本人にも喜んでいただけたんですが、さらにそのご両親にも喜んでいただけた、というのが印象的でした。「これで安心できます」「働けるようになるなんて感激です」と。「ひとりの障がい者の方と接することで、その周辺の人々も幸せにできるんだ」と、障がい者福祉事業の役割の大きさというのを実感しましたね。

またビジネス界に対しても、この国の眠っている労働力のなかから頑張って働く人々が増えることで活力を与えられる、そんな就労支援事業の影響は多大なものと思います。本人も家族もハッピーになり、「障がい者雇用」という社会的課題も解決し、企業活動にも戦力が増える……まさに"三方良し"の世界を実現できるのが、福祉事業の魅力であり、意義だと思います。

中島:より良い社会を自分の手で作れる、という……。

奈良氏:はい。たとえば就労継続支援の問題でいえば、今日本には就労継続支援B型の施設が多く、きちんと仕事ができるのにあまりにも低賃金の条件で働く若い障がい者の人たちが大勢います。自分が就労継続支援の事業に関わることで、そんな人たちが雇用され、きちんと自立のステップを踏める収入を得られる場を増やすことができるはず。それによって重度の方はB型、自立に向けてステップアップしたい方はA型という選択ができる環境をつくりだしていく。これは自分の大きな存在意義になっています。

右から左に動かして利幅を得るようなビジネスではなく、社会をハッピーにする立場にいる自分……そんな自分であることに、自分自身、ハッピーになれる、エフィカシー(肯定感)が上がる、揺るぎない自信を得られるんです。

引きこもって何もできなかった若い人が、自分で仕事をして自分で自転車を買って、サイクリングに出かける……そんな変化をまさにダイレクトに見ることができるのも、自分にとっての大きな喜びです。

中島:奈良さんがこれから目指すものは何ですか?

奈良氏:さきほどお話しした就労継続支援A型の事業は、私の人生におけるメインテーマでもあります。わずかな賃金しかもらえず、一般の就労にもなかなかつながりにくいB型だけではなく、雇用を生み出し、その中で人材を育成し、成長させて社会に送り出すA型の事業所を増やしていく活動を今後も進めていきたいですね。

そのために必要なのは、障がい者を雇用するということに責任をもって、ビジネスとしての福祉を考えられる仲間です。これまでお話ししたように、福祉事業を利益の出るビジネスとして回していける力……具体的には営業力、企画力、経営のセンスがあって、障がい者の持っているさまざまな才能を開花させ、武器にできるようなイノベーションを起こせる人です。就労継続支援A型は、ビジネスとして大きな可能性を持つものなので、ぜひさまざまな業界のビジネスパーソンに参入していただきたい。これまでそれぞれが培ってきたビジネスノウハウを存分に活かしていただきたいと思います。