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ドラマにありがちなシチュエーション、バラエティで一瞬だけ静まる瞬間、
わずかに取り乱すニュースキャスター……テレビが繰り広げるワンシーン。
敢えて人名も番組名も出さず、ある一瞬だけにフォーカスする異色のテレビ論。
その視点からは、仕事でも人生の様々なシーンでも役立つ(かもしれない)
「ものの見方」が見えてくる。
ライター・武田砂鉄さんが
執拗にワンシーンを追い求める連載です。
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『改造してみた誰か 6勝4敗でビフォーの勝ち』

野暮ったい出で立ちの一般人を捕まえて、一流の美容師やスタイリストやメイクアップアーティストの手によって激変させる「素人さん改造計画」モノは、「ちょっと社会派もいけますよ」と力んだワイドショーが、いよいよ本格的にだらけようとするタイミングで投入されるテッパン企画として、年を重ねてきた。皆さん薄々勘付いている事実をいよいよ共有する日が来たが、あの「ビフォー」と「アフター」を比べると、さほどアフターが魅力的になっていないことが多いのである。最近のベストセラーに『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』(川口マーン惠美/講談社+α新書)があるが、この本に準(なぞら)えるならば『改造してみた誰か 6勝4敗でビフォーの勝ち』なのである。これって、住んでみたドイツよりも由々しき問題ではないかと思う。

「改造計画」モノは、その結果を見せる前、必ずCMをまたぐ。変身後の姿を見せるのはCM後で、CM前には、変身後の姿を見た家族や恋人や同僚の驚いた姿を映す。映画の告知映像で、作品を観ている観客の反応を映すのと同様の作りだ。アフターに反応する人たちの声に耳を傾けてみれば「うそー、キレーイ」という、ビフォーに対してだいぶ失礼な声も飛び交っているのだが、無邪気な子どもたちがTPOをわきまえて「ママっ、かわいいっ」と叫んだりしてくれれば、「改造計画」モノは、正しいエンディングを迎える。

シンプルに語りすぎるエブリデイ

歴史の長い「改造計画」モノだが、その対象は、おおよそ3種類に分かれる。「子育てに奔走するあまりオシャレを忘れてしまった妻」「スーツ以外で過ごす休日のファッションが清々しいほどにだらしない夫」「ファッションにそもそも興味を持たない伝統工芸方面の女性」だ。6勝4敗でビフォーが勝っているという衝撃的な事実を考査し改善を促すためには、それぞれのケースを丁寧に考察していかなければならない。

「子育てに奔走するあまりオシャレを忘れてしまった妻」はまず、普段の生活がどのようであるかを話すように促される。特定の番組を書き起こしたわけでもないのだが、おおよそこのような感じだろう。

「そうですねー、もう結婚して7年ほど経つんですが、ええ、子どもが2人いまして、長男が5歳、長女が3歳になりまして、6時に起きてお弁当を作って、まぁ、毎日毎日、子どもも夫も簡単には起きてこないものですから、朝からもう大騒ぎです。やっと送り出したかと思ったら、掃除洗濯と家事を慌ただしくこなして、ようやく一息ついて、息子たちが帰ってくる前にスーパーに行って夕食の買い物です」と、シンプルに語りすぎるエブリデイを用意する。

言われるがまま、青色のワンピースを着させられる

番組の要請に応えようとし過ぎるあまり「自分の出で立ちなんてかまっていられなくなる」主婦像を自ら練り上げている感じが否めないのだが、とにかく、ファッションやヘアスタイルになんてかまっていられないと言う。旦那とタレントによる、余計なやり取りが挟みこまれる。「結婚した当初はもっとオシャレでした?」「ええ、それは、はい、もう」「だそうですよ、奥さん」。

なぜ「6勝4敗」になるのかを冷静に問わねばならない。まず考えられる要因は、そこにやってくるスタイリストが、人それぞれの生活習慣をちっとも気にしないトレンドウォッチャーすぎること。「今年は、色的には、青系が流行っています」という、だいぶ曖昧な情報伝達で青色のワンピースをピックアップする。「いや、最近は、脚出すような恰好なんてしてないですから、恥ずかしい……」との声が上がるも、スタイリストは「逆にしっかり足を出してしまったほうが、スタイルがよく見えますよ」とこれまた曖昧な断言でワンピースを強いる。ファッションの流行りに「そんなの全部恣意的に作られている」と噛みついても致し方ないのだが、「流行りだから」で済ませようとする職権乱用には疑問を呈しておきたい。持ち前のハイテンションが覆い被さり、言われるがまま、青色のワンピースを着させられることになる。

旦那の改造計画は「7勝3敗」でアフターが勝利

ヘアスタイルは、代官山か青山に連れてこられる場合が殆ど。あご髭を神経質に整えたワイルドな美容師が、持ち前のテクニックで毛先を遊ばせたりする。「意外とそんなに傷んでませんよ」「ちょっとボリュームが多いので軽めにしちゃいましょうか」とポップに誘導し、青色ワンピースに合わせた流行りの髪型に様変わり。既にスタンバイしているメイクアップアーティストも意気揚々と、流行りのアイメイクを立て続けに投入してくる。学生時代にイジメられていた人ならば、ようやく攻撃が終わったかと思ったら次なる仲間がやって来てしまった体育館裏を思い出すに違いない。もう、逃げられないのだ。チークの重ね塗りで若さを演出する。その効果は確かにその通りなのだろうが、とにかくこの道は引き返せないのだった。

旦那改造の場合はどうか。一般的なサラリーマンのファッションとは、大雑把に言えば、スーツかゴルフウェアである。Yシャツかポロシャツかという2択を逃れるだけで新たな選択肢になるという意味では、最もハードルが低い。だからこそ、旦那の改造計画は「7勝3敗」でアフターが勝利する。日頃、髪を切るというか草を刈るに近い1,000円カットに通い詰めている場合、美容師の手が入っただけでも、顔立ちが凛々しくなる。「地元の美容師とカリスマ美容師の差」(=妻)と、「1,000円カットとカリスマ美容師の差」(=夫)は、当然、後者のほうが確かな差を演出することができる。

「もうそろそろ相手を見つけて」と要らぬプレッシャー

「ファッションにそもそも興味を持たない伝統工芸系の女性」は物語が作りやすい。四六時中作業着でいる女性に「女らしさ」を取り戻してもらおうとする企図は単なるお節介なのだが、彼女自身が、途絶えようとしている伝統芸能の後継ぎとして奮進していればしているほど、そのお節介が強まっていく。親分/大将が「まーそうだな、いっつも仕事場と家の往復だからな、少しは男っ気があってもいいのかもな」と黄色い歯を見せて笑い、かけつけた両親が「もうそろそろ相手を見つけて、落ち着いて欲しいのですが……」と、改造計画のその先に言及しすぎて要らぬプレッシャーを与えてしまう。

青山や代官山にいることでの動揺がストレートに浮き彫りになるのが、このパターン。これまでの2パターンは、ちょっとわざとらしいほどの普段着でこの地に舞い降りるのだが、このパターンでは、自分が持つ衣服のうち、最もオシャレな着こなしで舞い降りるからこそ、トレンドが更新され続ける場とのチグハグ感が生々しく表出してしまう。

「代官山」化した髪型を引きずって工房に現れた女性

変身した姿を披露する瞬間。待ち構えるほうは、押し並べて「どれくらい変わったか」を推し量ろうとする。おそらくその全員が別の放送回を見てきているはずだから、自分はどう振る舞うべきなのかを頭に置きつつ、出迎える。友人たちは、声を張り上げて「キレーイ」の合唱だ。妻を迎えた旦那は必ず「惚れ直しました」と言わされる。子どもたちは「ママ、かわいいっ」「パパ、かっこいいっ」とこぼし、もっと小さな子どもならば「あまりに変化しすぎて誰だか分からず泣いてしまう」という微笑ましいシーンが繰り広げられるのだが、ただただカメラに囲まれて緊張しているだけではないかとの説も否めない。

人の出で立ちには、立場や考えがじんわり滲んでいるものだから、そういうものを剥ぐように髪型と服装だけ「代官山」化してしまった場合、翌日からその「代官山」化をどのように嗜んでいくのだろうか。企画自体は、いっつもハッピーで終わるけれど、翌日からその「代官山」化が足かせになる場面が生じるのではないかと、気が気でない。職人の世界ならば、曲がったことが大嫌いな堅物もまだまだ多いだろうから、「代官山」化した髪型を引きずって工房に現れた女性に、舌打ちを向けてくるのではないかと不安が募るのである。同時に、「もうそろそろ相手を見つけて、落ち着いて欲しいのですが」と踏み込んできた両親の更なるプレッシャーも散らつく。

『改造してみた誰か 6勝4敗でビフォーの勝ち』は、その場面での評価でしかないわけだが、翌日以降にじっくりと振り返ってみれば、アフターは『2勝8敗』くらいで惨敗してしまうのではないか。ふと入ったパチンコ屋でギャンブルの魅力に取り憑かれて、人生を狂わせてしまう人が生じるように、「改造計画」モノで人生を狂わせてしまった誰かはいないのだろうか。どこまでもハッピーに展開されるあのコーナーを見届ける度、そういう負の光景をいたずらに思い描いてしまうのだった。

<著者プロフィール>
武田砂鉄
ライター/編集。1982年生まれ。2014年秋、出版社勤務を経てフリーへ。「CINRA.NET」「cakes」「Yahoo!ニュース個人」「beatleg」「TRASH-UP!!」「LITERA」で連載を持ち、雑誌「AERA」「SPA!」「週刊金曜日」「beatleg」「STRANGE DAYS」等で執筆中。近著に『紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社)がある。

イラスト: 川崎タカオ