鉄道業界でタブレット端末の導入が進んでいる。最近では、JR九州が6月1日から在来線の全乗務員に大画面スマートフォンまたはタブレット端末を配備した。九州新幹線も導入を検討するという。ところで、鉄道業界では長い間、別の形の「タブレット」を使ってきたけれど、どんどん廃止されていった。現在は地方ローカル線でわずかに残っている。

鉄道業界で明治時代から使っている「タブレット」はどんなものだろうか。液晶はないし、情報を閲覧するとなると、「ノートサイズの木枠の黒板」というイメージがある。しかし、実際には「金属の丸い板」だった。「タブレット」という言葉には古代の粘土板のような板状のものだけではなく、丸くて平たい錠剤、あるいは錠剤のような形の菓子も含まれる。鉄道業界で使われた「タブレット」は、錠剤を大きくしたようなものに近い。

鉄道の「タブレット」は、前述した通り金属状の円盤で、中央に穴が開いている。これを何に使うかといえば、列車の正面衝突を防ぐための安全装置だった。

単線の鉄道路線では、駅間の線路上を下り列車と上り列車が走る。列車が勝手に走ると、当然ながら正面衝突となってしまう。

理屈の上では、列車ダイヤを作り、各駅で列車の発車時刻を厳守すれば、駅間の衝突は防げる。しかし、車両の故障によって駅間で立ち往生したり、出発が遅れたりすると、列車が所定の時刻に隣の駅に到達できない。その状況を知らないまま、逆方向の列車を時刻表通りに発車させれば、当然ながら途中で逆方向の列車に遭遇する。

そこで、列車が安全に通行できるように「閉塞」と「通票」が考案された。閉塞とは、線路の一定の区間を区切り、そこに列車が進入したときに、両側の駅から他の列車が入れないように仕切るしくみ。「通票」は閉塞された区間を通行する列車に与えられる「通行手形」となる。ひとつの閉塞にひとつの通票だけを用意し、通票を持つ列車だけを進入させる。他の列車は通票を持たないから、その区間には入れない。1区間にひとつの通票があり、下り列車と上り列車が交換しながら往来する。

また、隣り合った区間は同じ通票を使わない。通票の中央に穴があり、穴の形は丸、三角、四角、楕円などで異なる。こうして正面衝突や追突を防いでいる。

これらの通票を「タブレット」という。ローカル線の駅ではタブレット交換によって安全を守っている。旅行番組など、一般的にはそのように説明されるけれど、じつはちょっと違う。

1区間にひとつの通票という単純な方式は、正しくは「スタフ方式」といい、タブレット方式ではない。タブレット方式はもっと複雑で、閉塞区間の両側でタブレットの発行手続き、使用済みタブレットの収納手続きが必要になる。

なぜなら、列車の運行は必ずしも下り列車と上り列車が交互ではないからだ。スタフ方式は安全だけど、列車の運行本数が多く、ダイヤが複雑になると不便な面もある。必ず下り列車と上り列車を交替させなければならないから「続行運転」ができない。「午前中は通勤通学の人が多いから上り列車だけを3本連続で走らせて、夕方に下り列車2本連続で走らせて、その間に1本ずつ逆方向の列車を走らせよう」というダイヤは、1つだけのスタフでは実現できない。

  • 錦川鉄道で展示されているタブレット閉塞機。閉塞区間の両側の駅に置くので、2つで1組といえる。制帽が置かれているけれど、この下に使用済みタブレットの投入口がある(許可を得て撮影)

そこでタブレット方式が考案された。複数のタブレットを閉塞の両端の駅に持たせるけれど、必ずタブレット閉塞機に収納しておき、1枚だけ取り出すしくみだ。スタフは「はじめから1個だけ」、タブレットは「たくさんあるけれど1個だけ使う」。なんとなくタブレット菓子をひとつずつ取り出すイメージに近い。

タブレットを取り出す場合は、相手先の駅と電信や電話で打ち合わせをして、両駅の合意があるとタブレットが1枚だけ発行される。これを運転士に持たせる。続行運転する場合は、先行する列車が駅に到着してタブレットを収納したあと、あらためて両駅で打ち合わせをして、続行する列車にタブレットを発行する。

タブレット閉塞の手順は次のようになっている。ayokoi氏の動画「久留里線さよならタブレット記念 タブレット閉塞の取扱い講座を参考に書き起こした。

(1) 閉塞打ち合わせ

  • 1-1 列車の出発側の駅でタブレット閉塞機の電鍵ボタンを3回押すと、到着側の電鈴が3回鳴る。これは「電話してもいいかい」という合図。到着駅は電鈴を受けて、電鍵ボタンを3回押す。これで出発駅側の電鈴が3回鳴る。「電話受付OK」の合図だ。

  • 1-2 出発側の駅から電話をかけて「第●●列車閉塞」と伝える。●●には列車番号が入る。意味は「第●●列車の進入によって、線路を閉塞します」だ。他の列車を入れないでくれという意味。到着駅側は「第●●列車閉塞承知」と了解を伝える。

(2) 閉塞取り扱い

  • 2-1 出発側の駅でタブレット閉塞機の電鍵ボタンを2回押す。これが「こっちでタブレットを取り出しますよ」という合図。到着側の駅も電鍵ボタンを2回押して合意を伝える。

  • 2-2 出発側の駅でタブレット閉塞機の電鍵ボタンを数秒押し続ける。すると、到着駅のタブレット閉塞機のメーターが「半開」を示す。到着駅のタブレット閉塞機の解錠ボタンを押すと、閉塞機のタブレット取り出し口の引き出しが半分まで開く。これで、列車が到着するんだな、と誰もがわかるようになった。

  • 2-3 到着駅のタブレット閉塞機が半開になった状態で、電鍵ボタンを押す。これで出発駅のタブレット閉塞機に「全開可能」という信号が送られる。

  • 2-4 出発駅は解錠ボタンを押し下げて、タブレット閉塞機の引き出しを全部開ける。そこにタブレットが1つだけ出てくる。

(3) 発車

  • タブレットをキャリアに入れて列車の運転士に渡す。キャリアはタブレットを入れる革製の袋に、金属製の大きな輪をつけた形をしている。この大きな輪のおかげで、駅員と運転士が少し離れて安全に受け渡しできる。この大きな輪をタブレットだと勘違いする人もいるようだけど、タブレットは小さな袋に入った円盤のほうだ。

(4) 現発通知

  • 出発駅は列車が発車したあと、到着駅に電鈴3回で合図を送り、到着駅も電鈴3回を返す。出発駅は到着駅に電話をかけて、「第●●列車定時(発車)」または「第●●列車■分遅れ」と伝える。」到着駅は復唱して確認する。ちなみに、先ほどから使っている「電話」は「鉄道電話」といって鉄道会社の専用回線だ。

(5) 閉塞解除

  • 5-1 列車が到着駅に着き、運転士から駅員がタブレットキャリアを受け取る。到着駅員はタブレットキャリアからタブレットを取り出し、タブレット閉塞機の上部の引き出しに収める。タブレットがタブレット閉塞機の内部に格納されると、半開だった取り出し口を収納できる。

  • 5-2 到着駅はタブレット閉塞機の電鈴を4回鳴らす。「タブレット格納完了」の合図だ。出発駅も4回鳴らして承知を伝える。これを受けて、到着駅は電鈴ボタンを数秒押し続ける。出発駅のタブレット閉塞機のメーターが「半開」を示すので、出発駅は解錠ボタンを押して、全開となったままの取り出し口を収納する。これで終了。

……お読みいただいて疲れてしまったと思うけれど、このように、タブレット閉塞方式はひとつの区間で1本の列車を走らせるために、かなり手間のかかる手順が必要となる。そのため、現在は線路側で列車を検知するしくみと信号機を組み合わせた自動閉塞システムが主流となっている。

JRのタブレット閉塞は2012年9月に只見線での運用を終了した。大手私鉄もタブレット閉塞は使われていない。液晶画面を使ったタブレット端末を導入しても、混同するおそれはないだろう。しかし年配の鉄道ファンは、「鉄道会社でタブレットを導入」と聞くと、なんとなく「懐かしいな」と思ってしまうのだった。