機関車のニックネームはいろいろある。蒸気機関車D51形の「デゴイチ」は一般にも知られている。『銀河鉄道999』のモデルとなった蒸気機関車C62形は「シロクニ」と呼ばれる。蒸気機関車C57形は「シゴナナ」または端正な姿から「貴婦人」、蒸気機関車C56形は「シゴロク」または山岳区間を走ったことに由来する「(高原の)ポニー」、電気機関車EF55形はアニメのキャラクターに似ているとして「ムーミン」などと呼ばれる。

同じデゴイチでも、煙突などの機器が覆われた機種は「ナメクジ」と呼ばれ、これは愛されているか揶揄されているか……いや、きっと親しみが込められていると思う。もっと不名誉なあだ名がある。それは「死神」。

  • 「機関車 “死神”」の検索結果

  • 「あげみざわ」の検索結果

「死神」と呼ばれる機関車はどのくらいの知名度か。ひとつの指標として、Googleの検索結果を見ると、「機関車 “死神”」は6万4,800件だった。「デゴイチ」は約24万7,000件。ちなみに最近話題になった10代女子高生の流行語「あげみざわ」は約31万2,000件もあった。この言葉すら知らない人のほうが多いだろうから、世間での「死神」機関車の知名度など推して知るべし。しかし、鉄道ファンには通じる言葉である。

「機関車 “死神”」の検索結果で登場する機関車は、JR東日本が保有する電気機関車EF64形のうち、長岡車両センターに所属する車体番号「1030」「1031」「1032」の3機。なぜ「死神」と呼ばれるかというと、人身事故に遭いやすいから……ではなく、廃車となった電車を解体場へ輸送する役目を持っているからといわれる。用済みの電車を「墓場」へ連れて行く機関車。だから「死神」。なんだか恐ろしい。

  • 新車回送任務中のEF64形1032号機

しかし、EF64形の3機にとって、じつは不本意なあだ名といえる。この3機は本来、廃車回送のために使用される機関車ではなかった。もともとEF64形は勾配の多い直流電化区間に向けて、出力が大きく、ブレーキ性能を強化した機関車として製造された。製造開始は1964年。その後、1980年から導入された改良版の1000番台は国鉄最後の直流電気機関車であり、貨物列車と旅客列車の両方に使用されていた。

EF64形1000番台のうち、車体番号「1030」「1031」「1032」の3機は特別な装備を持っている。客車や貨車を連結するための自動連結器だけでなく、電車と連結するための密着式連結器も備えているのだ。「双頭連結器」といって、2種類の連結器が90度の角度で設置され、連結する相手によって向きを90度変えて対応している。双頭連結器はかつて碓氷峠で運用された電気機関車EF63形にも装備されていた。

  • 双頭連結器(この写真はEF63形に装備されたもの)

EF64形の1030・1031・1032号機もこれと同じ双頭連結器を持ち、電車を連結できる。しかし、本来の目的は電車を解体場に運ぶためではない。新潟県の新津車両工場(現・総合車両製作所新津事業所)で製造された新しい電車を首都圏などへ出荷するために装備された。つまり、もともとの用途はまったく逆だった。生まれたての電車を工場から引き出す機関車。例えるなら「助産師機関車」のほうが正しいと思う。

「助産師」として誕生したはずの機関車が「死神」と呼ばれるきっかけとして、大宮に鉄道博物館が誕生したことも関係している。それまで、首都圏で活躍した電車の廃車解体はおもに大宮総合車両センターで行われていた。しかし、鉄道博物館に敷地を提供するため、大宮総合車両センターは規模を縮小。解体作業を行う場所は長野総合車両センターに移った。それにともない、首都圏から長野へ廃車を輸送する必要が生じた。

廃車予定とはいえ電車だ。回送列車として自走する場合もある。しかし、経由区間を走行できる信号装置を搭載していない場合や、編成中の電動車が少ないために勾配を上れない場合、電動車のない車両ばかり集めて輸送する場合もある。そこで、電車を連結する能力を持つ「助産師機関車」に廃車車両も運ばせよう、ということになったようだ。

鉄道ファンは新車の誕生を喜びつつ、愛着のある古い車両との別れも惜しむ。廃車となった電車に思い入れがあるからこそ、解体の運命を悲しむ。廃車回送列車を見て、「電車が死神に連れて行かれる」と思う気持ちは理解できる。そして、「死神」と呼ばれる機関車は、電車の最期を見届ける機関車でもある。「死神」には鉄道ファンの畏怖があるかもしれない。死神も「神」だ。