旅で「トクしたな」と思う時。それは安く切符を買えた時や、土産物屋で「おまけ」してもらった時だけではない。予想より時間を短縮できたり、同じ料金でもグレードの高いサービスを受けられたりするとトクした気分になる。そこで今回はお金でなく「時間をトクするテクニック」を紹介しよう。

鉄道旅行ファンならチャレンジしたい目標のひとつに、「完乗」がある。完乗とは完全乗車の略。日本のすべての路線を乗りつくすことだ。さらに上の目標は「全駅下車」。日本のすべての駅に降りること。昨今の鉄道ブームの火付け役ともいえるマンガ『鉄子の旅』は、日本のJRと私鉄の全駅に降りた横見浩彦氏が主人公だった。

今回は北条鉄道で「全駅下車」の旅

全駅下車の旅の中でも、地方のローカル線は難儀だ。都会の通勤路線なら、ひと駅ずつ降りても次の電車は数分でやってくる。しかしローカル線は30分に1本とか、60分に1本とか、次の列車は4時間後という路線もある。そんな路線を効率よく「全駅下車」する方法が、全駅下車のエキスパート、横見浩彦氏が実践する「ちどり下車」方式だ。今回はその「横見式」を兵庫県加西市の北条鉄道で試してみよう。幸いにも同鉄道には1,000円の一日フリー乗車券があるから、どれだけ乗り降りしても料金は一定だ。

「横見式」で効率よく鉄道の旅を

北条鉄道は旧国鉄北条線が廃止された後、第三セクターとして設立された。起点はJR加古川線と神戸電鉄粟生線の粟生駅。ここから終点の北条町駅までは7つの駅がある。途中の駅に列車がすれ違う設備はないため、1両または2両連結のディーゼルカーが行ったり来たりするだけだ。運行頻度は上り下りとも1時間に1本。粟生駅の次の網引駅で降りると、次の列車は1時間後。その列車で次の田原駅に行くと、次の列車は1時間後。こうして北条町駅に着くまでに、なんと6時間もかかってしまう。途中の駅に降りずに乗っていれば22分で済むところを「6時間」である。気の遠くなりそうな旅だ。

しかし、横見式を使うと次のようになる。まず粟生駅からふたつ先の田原駅まで乗る。田原駅を見物した後、折り返してきた列車でひとつ手前の網引駅に戻る。次はまた、折り返してきた列車で3つ先の播磨下里駅に行き、またひとつ戻り……こうすると、なんと3時間半で全駅訪問を達成できるのだ。以下はそれを列車ダイヤと組み合わせて示した図である。

上はひと駅ずつ進んだ場合、下は「横見式」の下車パターン

私は完乗を目指して旅をしていて、とにかく効率よく全路線を踏破する旅ばかりしてきた。つまり、駅を通過する旅だ。しかし、今回は北条鉄道の各駅に降りて、それぞれの駅周辺の趣を楽しんだ。全国全駅の下車を達成するには時間とお金がかかる。だけど、お気に入りの路線に絞って、すべての駅を訪問する旅は良いものだと思った。

北条鉄道、完全制覇の旅

この北条鉄道、始発駅の粟生駅だけは小野市にある。加古川線と神戸電鉄と北条鉄道が並ぶ姿は鉄道ファンにとって楽しい眺めだ。網引駅には古い井戸の跡、そして慰霊碑。この慰霊碑は終戦直前の春、日本軍の戦闘機「紫電改」が故障して不時着し、列車を巻き込んだ大事故の記録だ。田原駅にはガーデンと木陰のベンチが用意され、読書会が開かれている様子。

法華口の駅前には見事な花壇が作られており、ホームにも近隣の人々が工夫したミニ庭園が並んでいた。播磨下里の駅舎は語らいの場「下里庵」となっていて、大阪在住の若き僧侶が通っているそうだ。長駅にはかわいらしい彫刻が並んだ。播磨横田駅付近は休耕田を利用したコスモス畑とセイタカアワダチソウの対比が美しかった。終着駅の北条町は同鉄道の本社がある。社屋は小さいけれど、とんがり屋根の愛らしさ。全国でも2台しか稼働していないという2軸レールバス「フラワ1985」も見物できた。

粟生駅は北条鉄道の起点。JR加古川線と北条鉄道は元国鉄路線で、さらに遡ると播州鉄道が建設した路線だ。網引駅は紫電改事故の慰霊碑がある。大木は加西市の「ふるさとの樹」に指定されている。田原駅は木陰のベンチとガーデンがある。北条鉄道の歌の楽譜も掲示されている。法華口駅にはすれ違い設備の跡がある。未使用のホームの木は桜とモミジ

播磨下里駅の駅舎は住職駅長が通ってくる「下里庵」。長駅はユニークな石の彫刻作品が乗客を迎えてくれる。播磨横田駅はホームに植えられた桜の大木に注目。春にまた訪れたい。北条町駅は北条鉄道の本社がある。グッズや記念切符も販売されている。2階は増収策のため英会話塾に賃貸中

北条鉄道は日本で初めて「ボランティア駅長(ステーションマスター)」を採用した鉄道会社だ。実は中間駅はすべて無人駅で、市民や全国の鉄道ファンからボランティア駅長を公募した。それぞれの駅はステーションマスターの工夫によって個性的に演出されている。各駅で降りてみたい、と思わせる仕掛けのある路線だといえる。

全国全駅は無理でも、手ごろな路線をひとつ選んで全駅下車を楽しもう。「横見式」で巡回すれば効率もいいし、意外な発見があるかもしれない。