本連載の第150回では「今一度、定時について考えてみませんか」と題し、そもそも定時とは何かということについてお伝えしました。今回は残業によって本来解決すべき問題に気が付かなくなってしまう理由をお話します。

一時期、連日のように耳にした「働き方改革」というワード。最近は落ち着いているようですが、まだまだ慢性的な残業が残っているという職場は少なくないようです。残業が発生する原因は職場によって様々あると考えられますが、その一因としては「生産性の低さ」が挙げられます。

「生産性が低いから残業が発生する」という因果関係は明らかですが、私は「残業するから生産性が上がらない」ということもまた言えるのではないかと考えます。その説明の前に改めてお聞きします。皆さんはなぜ残業するのでしょうか。

多くの方は「残業しないと仕事が終わらないから」と答えるのではないでしょうか。そこで提案です。仕事が終わっていなくても残業せずに帰ってみてはいかがでしょうか。

「そんなことをしたら関係者に迷惑がかかるだろう!」とお叱りを受けそうですね。しかし、ここで見方を変えてみましょう。「定時までに仕事が終わらないので残業する」ということは「定時までに仕事が終わらなかったという現象を問題として捉え、解決する機会を奪っている」と捉えることができるのではないでしょうか。

厳しい言い方ですが「残業という”その場しのぎ”の対応によって生産性の低さという本質的な問題から目を逸らしている」ということです。

日本を代表する企業、トヨタ自動車では「異常が発生したら機械がただちに停止して、不良品を造らない」という「自働化」と呼ぶ考え方があります。異常発生時には機械を止めて、徹底的に原因を分析して改善するのです。この考え方が現場に徹底されているからこそ、トヨタ自動車では世界にも類を見ないほどの生産性を誇っているのだと思います。

トヨタ自動車の例を教訓にすると、仕事が定時に終わらなかった時点でそれを問題として捉え、なぜ終わらなかったか原因分析し、改善するという考え方と仕組みが必要と言えます。

もちろん、「仕事が終わらないのに定時で帰る」という行動を一個人が周囲への説明もなく強行するのは周囲からの反発を考慮すると得策ではありません。そのため、まずは部署などの組織全体として「慢性的な残業によって生産性の低さという根本的な問題を覆い隠している」という共通認識を醸成することが不可欠です。

その上で可能であれば部全体で数日間、定時で帰ることを原則として、残業を許可制にします。それによって仕事を翌日に持ち越す人が発生するでしょうが、仕事をしっかり終えながら定時で上がる人が現れることが期待できます。

というのも慢性的な残業に慣れてしまっている人は、最初から残業ありきで「今日も10時間あるから、このペースでやればいいな」と10時間かけて仕事を終えるつもりになっていることがあるからです。それが部署として定時帰りを原則とすることで「持ち時間は8時間。それ以上はない。」という認識に変われば、その中でやりくりしなければという意識が働き、ペースアップして8時間で終えられるようになります。

また、部署全体で「定時上がり」の達成目標を立てることも効果的です。たとえば1か月後には残業を30%減らし、2か月後には60%減、3か月後には90%減、そして4か月後には100%なくすという目標を掲げて、日々モニタリングするのです。

部署全体として共通の目標があれば、目標未達の月にはそれを問題として捉えることができます。そして問題として捉えることができれば、改善策を考えて実行に移すというインセンティブが生まれます。「残業しなければ仕事が終わらないことを問題として捉えて改善する」という行動様式です。

このような取組みを通じて「残業の発生を問題として認識して、その原因を追究する」という姿勢が部署全体に浸透すれば、その後は特別なことをしなくても自ずと残業を極限まで減らした状態を維持することができるでしょう。

但し、このアプローチには限界もあります。それは「突発的な出来事によって発生する残業」です。それが年に1度あるかないかといったイレギュラーなものであれば残業の発生を完全に防ぐことはどうしても難しくなります。たとえば想定外の不具合が自社商品で発生して、そのクレーム対応やトラブル対応に追われることになると、一時的に残業が増えてしまうのはやむを得ないかもしれません。

このように突発的な対応による残業を完全になくすことは難しいですが、予め突発的な事態発生時における業務の優先度やバックアップ体制などを決めておくことで、ある程度は残業の発生を抑えることはできます。また、平時から生産性を上げてゆとりをもって定時で上がれるような状態を維持しておくことで、緊急時の対応にも残業せずに対応できる余地を残しておくことができるかもしれません。

いずれにせよまずは「慢性的な残業が真の問題を隠している」という認識を組織内で醸成するところから始めてみてはいかがでしょうか。